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村弘氏穂の日経下段 #41(2018.1.20)

福子さんに会った夜なぜか満月が大きいの無人の駅で降りる
(南丹 山内しじみ)

 南丹で無人駅といえば山陰本線の船岡駅や胡麻駅が思い浮かぶ。どちらも寂しい駅舎だが、作中では無人駅ではなくて字数を余らせてまで「無人の駅」と詠っているので駅員はもちろんのこと他の乗降客さえもいない様子が窺えてなおのこと寂寥感が際立つ。光に満たされている月と、人に欠けている駅との対比にも奇妙な趣があって、読後のうら寂しさを加速させるようだ。そして何よりこの作品における初句の『福子さん』というパワーネームの効果は絶大だ。そのいかにも縁起がよさそうで溌剌とした印象を与える名前が逆に、だんだん寂しくなるディミヌエンド効果を存分に発揮させている要因だろう。その人に会うと必ず雨が降るタイプにはまずなさそうな名だ。ところで、この作品を目にして真っ先に連想した歌がある。『御吉野の山の秋風小夜更けてふる里寒く衣打つなり』という小倉百人一首の第九十四番、参議雅経の作品だ。そして三句目の『小夜更けて』から芸名を名付けられた宝塚歌劇団の往年の大スターを思い浮かべた。『満月城の歌合戦』(1946年、松竹)で銀幕デビューも果たした男役のスターであり、月組組長を務めあげた小夜福子である。


コンタクトレンズを落とす瞬間のあなたはほとんど完璧だった
(大津 五十子尚夏)

 『ほとんど完璧』という表現から察するに「あなた」には、何かしらの完璧でない部分があったということだろう。末尾の『だった』という過去形からは完璧とはほど遠いところへ堕ちてしまった現実さえ窺える。まずは『完璧だった』あなたのシーンとは、一体どんなヒトコマだったのだろう。街中で颯爽と現れてガードレールを飛び越える瞬間だろうか。ゲレンデで派手目のグランドトリックをスノボで決める瞬間だろうか。では、不完全であり『完璧ではない部分』とは何だろうか。それこそがきっと、コンタクトレンズを落としてしまったことなのだろう。「あなた」の振る舞いの素晴らしさは、コンタクトレンズを落とす直前がピークだったのだ。それ以降は、がに股で這いつくばってメガネを探す横山やすしの如く、もはや別人の所作だったに違いない。パーフェクトであればパーフェクトであるほどパーフェクトからの失墜は悲惨な結末になるのだ。この読後感をうまく言い表すことは困難だが、嵐にしやがれスペシャルでMJこと松本潤が『フライングパンツ履き』に失敗して転倒したときのような切なさが胸を打つ秀歌だ。

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