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かなのカレンダー



「かなちゃんは可愛いからいいよね」
「いつもモテモテだもんね」
「いいなぁ、ゲーノージン」

物心ついた時から、私はそう言われてきた。

母からの歪んだ愛を受け、子役事務所に入り芸能活動を続けてきた。

母は、女優崩れの43歳。
父は、売れっ子俳優の48歳。
父、と言っても元父であるのだけれど。

母はずっとトップモデルになりたくて10代から芸能活動をしてきた。
20代まではとても調子が良く、24でピーク、25で当時若手売れっ子だった父と結婚、そして、私がいる。

正直、見た目を本当に良く産んでくれたことは感謝している。
小さい頃から、容姿に対しては、悩んだことが一切ない。
長い手足に小さく整った顔。
完全にスタイルは母譲りで、顔は両方のいいとこ取り。

母は、私を愛した。
おかしくなるくらいの溺愛。

そんな母は結婚して産休中にどんどん人気が無くなり、復帰した時にはもうファンの数はすごく減っていて。

その時から、母はおかしくなってしまった。

「かなちゃん」

知らない女の子が私を呼んだ。
18歳になった私は、大学に入学した。
今の時期、容姿だけではやっていけない。
難関校の受験を、実力で突破した。

…実力。果たして、本当にそうなのかは分からないけれど。

だから、芸能をやっていない人も入学している、この大学にいる。
そうすると、こういうことは日常茶飯事なわけで。

「私、子どもの頃からファンなの」

ありがとう、私は微笑んでその場を去ろうとする。

「あの」

その子は去ろうとする私の腕を掴んで、言った。

「かなちゃんは、どうしてそんなに綺麗なの」

野暮ったい髪の毛に、野暮ったい服装。
人に聞く前に、彼女は綺麗になる努力をしたことがあるのだろうか。
私は少し間を置いて言う。

両親の愛のおかげかな

そう笑う私は、あなたにどう見えてるのかな。
ちゃんと、笑えているのかな。

「いいなぁ」

彼女はポツリと呟いた。

簡単だよ。あなたも、誰かのために可愛くなればいいんだから。

らしくない、
努力をしていないかもしれない子にこんなことを言うなんて。
でも、何故だか言いたくなった。
こんな私を、心から羨んでくれる稀有な存在だったから。

「かなちゃんはモテモテで羨ましいよー」
「ほんとに可愛いよね」
「かなちゃんみたいになりたかったな」
「ねー、友達になろうよ」

みんな、上辺だけの愛情表現。
心の奥の妬み嫉みが透けて見える。
案の定、いない所では陰口を聞いた。
そんなこと気にしてたら、仕事をやっていけないから、聞かないフリして過ごしていた。

そこからいつも守ってくれた、彼は今元気だろうか。
私が唯一愛されたかった彼は、今は私の友人だった子と付き合っている。
別れていなければ。きっと別れていないけど。
お似合いだった。誰の悪口も言わず温かい2人は、誰から見てもお似合いだった。
私も、妬むなんてことはしなかった。

私は、その人以外を愛することをやめた。

どうでもいい人程近寄ってくる。毎日毎日うんざりする。
これがモテるというのなら、私はモテたくない。
本当に好きな人には、モテたことなんてない。
愛されたい人に、愛されない。

家に帰って、私はカレンダーの今日の日付に×を付けた。

今日も、愛されなかったね。私。

今も昔も、本気で私を愛してくれている人なんていない。
父に抱っこしてもらったことは無かったし、
母の愛の先にはいつも母が夢見た母の姿。
可愛がってくれた愛は、私に向けられた愛ではなかった。

それでも私は誰かに愛されたくて、今日も生きている。
私を、ちゃんと見てくれる人に出会いたい。

その時は私もしっかり向き合って愛したい。

それはこのカレンダーに
×という印がつかなくなる日。

今日話しかけてくれたあの子は私のようになりませんように。

ならないか。あの子はきっと大丈夫。
きっと、好きになった人のために可愛くなる。
私のように、溺愛の果ての架空の愛の為に可愛くなる努力をすることはきっとないから。

私は明日の日付を手でなぞって、眉を顰めて微笑んだ。

「愛されたい…」

虚しく響く願いは、誰もいない部屋の静寂に吸い込まれて消えた。

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