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【読書コラム】「三十代は人を別人にするからね」天才でも奇才でもなかったわたしたちを包み込むセラピー的な純文学 - 『ダンス』竹中優子(著)
大学時代の友だちとやっている恒例のzoom読書会が今月もあった。先月、わたしは能登に行っていたので参加できなかったので、二ヶ月ぶりだ。
課題図書は竹中優子さんの『ダンス』だった。新潮新人賞の受賞作で、まだ単行本になっていないので、雑誌で読むことにした。普段、文芸誌なんて購入しないので、10月発売だし、本屋に行けば手に入るかと思ったらどこにも売ってなかった。Amazonでも配送料がかからない分は売り切れで、どうしたものかと困ってしまった。
で、図書館に行ってみたら、置いてあったので助かった。まだ貸し出しはできなかったけれど、原稿用紙100枚と短い作品なので閲覧席で読み終わるだろう。なんて考えながら、パラパラとページをめくっていった。
タイトルが『ダンス』だったので、てっきり青春の話なのかと思っていたが、冒頭、社内恋愛で彼氏に浮気されてしまった30代の先輩が会社に来なくなったせいで、仕事を押し付けられて困っている20代後半の女性がプリプリしていたので驚いた。
この主人公の20代後半の女性はそれなりに長く会社で働いているにもかかわらず、まわりとうまく馴染めていない自覚があり、その先輩が社内恋愛をしていたことを知らなかった。聞けば、周知の事実らしく、みんなはどこで情報交換をしているんだろうと疎外感に落ち込んでいたりする。
一方、浮気されてしまった先輩は先輩で浮いている。美人だけどファンキーな性格で、とにもかくにも酒飲みで、地元のカラオケ屋が潰れるまで飲み放題の酒を飲んだというのが武勇伝。だから、常にマイペースで生きているように見えていたけど、さすがに今回の三角関係に参っていた。
上司も半ば公認状態で同棲していたので、家賃補助もまとめてもらっていた。でも、いまや、彼氏は家を出ていってしまって、他の女性社員とよろしくやっている。二人で暮らした部屋の家賃を一人で払うのはしんどい……。かと言って、家賃補助の再申請も億劫……。というか、彼氏のこと、けっこう好きだったのに。年齢的にもいろいろ考えていたのに。
さて、弱気な先輩に主人公はちょっとご立腹。こんなものは婚約破棄なんだし、相手のことを詰めなきゃダメでしょ。少なくともビンタしよ、ビンタ。って感じで、イライラしつつ、落ち込んだ先輩を励ますために親しく付き合っていく。
この関係性が素敵だった。大人のシスターフッドと言うべきもので、擬似的な姉妹になっていた。特に先輩の容姿や性格がPUFFYっぽい雰囲気なので、そんなお姉ちゃんがいたらいいよなぁってグッとくる。
結局、主人公は部署替えがあり、先輩は退社し、連絡先が変わってしまったせいで自然と疎遠になってしまうのだが、偶然、久々に再開したところで物語は終幕を迎える。このとき、先輩は40代に、主人公は30代後半で人生の諸々を経験済みなのがいい。
先輩は言う。
「三十代は人を別人にするからね」
最初、なんのことだかピンと来なかった主人公だけど、振り返りみればたしかにその通りだと納得する。自分はもちろん、彼氏の浮気でライフプランが完全に狂ってしまった先輩についても。
ただ、決して後悔しているわけではない。わたしの30代はいい30代だったとはっきりと口にする。どうよかったのかは難しいけど、とりあえず、本を読む喜ぶを改めて知ることができたと噛み締める。この理由がしみじみといい。
こういう新人賞の作品って、若き才能が爆発しているタイプか、有名大学で研究とかしている人が普通じゃない視点で物語を組み立てるタイプか、芸術的な活動で食っていける選ばれし人たちのセンスが炸裂しているタイプか、いずれにせよ、特殊な人たちが書いたものって印象がある。さながら天才と奇才が集まるパーティという感じで、読者である我々とは住んでいる世界が別なんだろうなぁと寂しい気持ちになることが多い。
でも、竹中優子さんの『ダンス』は違った。天才でも奇才でもなかった我々の物語だった。まず、30代にフォーカスを当てていることからもそれがよくわかる。
27クラブという言葉がある。天才的なミュージシャンや俳優が27歳で死ぬことが多く、一説には統計的にも有意という話もあるぐらいで、逆に言えば、28歳を迎えた瞬間、自分が天才じゃなかったんだと気付かされる基準にもなっている。してみれび、30代になった時点で、我々はもう天才でも奇才でもないことを受け止めなくてはいけないのだ。
この区切りについて、村上春樹は30歳成人説という考え方を提唱している。世の中のあり方が大きく変わったことで、むかしの20歳がいまの30歳に繰り上がっているため、人生の進路は30代に決めるのがいいということらしい。肌感覚に基づくものだろうけど、個人的にはしっくりくる。
いま、わたしは31歳だけど、20代のうちはひたすら空回りの連続で、ようやく自分の生き方はこういう感じなんだろうなぁと掴めてきた気がする。
だから、『ダンス』を読み終えたとき、救われるものがあった。新人賞を受賞する人は年に一人か二人だけど、それを読む人たちは何千、何万といるわけで、そのほとんどが天才でも奇才でもないまま、30代を迎えた普通の人たちなのだ。こちら側に寄り添ってくれる小説は素直に嬉しい。しかも、それがエンタメではなく、純文学という淡々とした静かで落ち着いた世界観の中でなされているので癒される。
若いと「これから」に目が向いてしまう。でも、年齢を重ねるにつれ、「これまで」も重要になってくる。
そのことを象徴するような小話が作中に出てくる。先輩が新しい部屋を探すため、公園で知り合った不動産屋の男の子に内見をさせてもらっているときのこと。それに付き合っていた主人公に、その男の子がなんとなく話した在りし日の思い出。
老夫婦曰く、自分たちは他人様の家のお風呂を借りることが趣味で、そのための旅をしている者だってことなんです。立派で、学校の校長先生みたいなおじいちゃんと上品なピアノの先生みたいなおばあちゃんですよ。泥棒みたいな感じじゃなくて。贅沢な旅は全部して、今はそういうことをしているって丁寧にやさしく説明されて。それで小学校だった自分はふたりを家にあげてお風呂を貸してあげました。その後も本当に感謝されて、喜ばれて、お風呂貸してよかったなーって思っていたんですけど、そのことを仕事から帰ってきた母親に話したらめちゃくちゃ怒られました。それで今も忘れられない思い出になっています
老夫婦は60代なのか、70代なのか、80代なのか。具体的な年齢はわからないけれど、30代の向こう側にも人を別人にさせる日々が待っているのかもしれない。だとしたら、長生きをすることが楽しみになる。
27歳で死ねなかった以上、そっちを目指すしかないもんね。
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