【高齢者は増える?減る?】老人ホーム増加、その背後に潜む課題【供給バランス】
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日本の社会は急速な高齢化を迎えています。この現象は、老人ホームなどの介護施設の需要増加に直結しています。
近年、老人ホームの数は増加傾向にありますが、その背後には深刻な問題が潜んでいます。本記事では、老人ホームの増加がもたらす影響と、これに伴う様々な課題に焦点を当てます。
特に、老人ホーム市場の現状と政策で計画されている介護施設のギャップ、労働力不足の問題、都市部と地方の需給バランスの違いに着目し、これらの問題が私たちの未来にどのように影響するのかを探ります。
老人ホームは私たちの老後の生活を支える重要な社会インフラです。
この記事を通して、老人ホームの現状理解を深め、これからの高齢化社会に向けた持続可能な解決策を考えるきっかけになればと思います。
老人ホーム市場の現状と政策のギャップ
厚生労働省によると、高齢者人口の増加に伴い、2023年10月(暫定速報値)の要介護(要支援)認定者数は706.4万人となりました。
東京23区の人口にすると約半数、日本人の約18人に1人が要介護という状況です。
老人ホームへの需要も高まっており、2021年時点での高齢者向け施設・住まいの数は、全国で約56,700棟に上ります。
これは、10年前の約32,900棟から約1.7倍に増加したことになります。
老人ホームの施設数は、高齢化の進展とともに急速に増加しています。
しかし、その一方で、政府が推進している介護施設の整備計画と、実際の市場のニーズの間には、大きなギャップが存在しています。
3か年ごとに作られる厚生労働省の「介護サービス施設等整備計画」ですが、老人ホームをはじめとした施設・居住系サービスの整備計画と実績を比較すると、過去5期連続で整備未達成の状況にあり、第8期計画1年目の達成率はわずか21.7%です。
これは、計画に対して大幅に整備が遅れている事を示しています。
このギャップの原因としては、以下の点が挙げられます。
介護施設の建設・運営には、多額の費用がかかる
介護施設の立地や規模など、整備に制約がある
介護施設の需要は地域によって大きく異なる
このギャップが解消されなければ、今後、高齢者に対する適切な介護サービスが提供できなくなる可能性があります。
特に介護老人福祉施設(通称:特養、特別養護老人ホーム)は利用料金が民間施設と比べ安いため、入所を希望する高齢者が特に多く、増加する需要に供給が追い付かず、入所できない待機者は全国で27.5万人に上ります。
こうした特養待機者の受け皿として有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅(サ高住)などの民間施設への需要が増えており、2021年の両施設の定員数は86万人と、10年前(2011年)の約27万人から約3倍に増加したことになります。
老人ホームの数は年々増加しており、この傾向は今後も続くと予想されています。
高齢者に適した生活空間の提供は、社会全体の責務であり、これを実現するためには政策と市場のニーズの間の隙間を埋める必要があります。
老人ホームでの労働力不足と介護士の高齢化
老人ホームの増加は、介護業界全体に新たな課題をもたらしています。特に顕著なのが、労働力不足の問題です。
厚生労働省の「介護労働実態調査」によると、2022年度において、介護職員の66.3%%が「人手不足を感じる」と回答しています。
厚生労働省が発表している一般職業紹介状況(令和5年11月分)によると、パートを含む介護職の有効求人倍率は、ついに4倍を超えました。
都市部での夜勤を含む勤務は更に高いことは言うまでまでもなく、慢性的に人手不足の業界であることがわかります。
厚生労働省は、2040年度に介護士が約280万人必要と推計していますが、2019年度の実績は約211万人で、約69万人の上乗せが必要になります。
少子高齢化により生産人口が現象し続ける日本において、国内人材のみでこれをカバーすることはもはや不可能です。
しかし、フィリピン人等は英語も非常に堪能なので、わざわざ難しい日本語を覚える必要がなく、カナダなどの英語圏で、円安かつ給料のメリットが無い日本で働くよりは、治安の問題はあるものの、生きやすさや、経済メリットのある諸外国を選択するケースが増加しています。
今後ますます発展するアジア諸国から、「相対的に貧乏になっていく日本」は徐々に選択肢から外れているようです。
介護労働者における高齢化も年々進んでおり、介護労働者の平均年齢は50歳、訪問介護職員においては5人に約2人が60歳以上と、現場が老々介護の状態です。
さらに、労働力不足や労働者の高齢化は、介護職員の過重労働を招き、職員の健康や福祉にも悪影響を及ぼしています。
介護職は肉体労働の代表格ですが。厚生労働省が発表している「令和4年(2022年)労働災害発生状況の分析等」によると、社会福祉施設での労働災害による死傷者数は12,780人。5年前より46.3%も増加しています。
事故の型では「動作の反動・無理な動作」が35.0%で最多。次いで「転倒」が34.3%と、この2つで約7割を占めています。
この2つは全産業平均と比較して高く、とりわけ「転倒」については、50歳以上の女性雇用者が占める割合が、5年前の33.3%から、37.3%に増加したことが大きな要因であると指摘しています。
実際、年齢別発生状況を見ても約6割が50歳以上となっています。
この状況を改善するためには、介護職の魅力を高める施策や労働環境の改善を行い、若い介護士を業界に呼び込んで平均年齢を下げ、職場を活性化させることが急務です。
しかし、少子化の影響は大きく、国家資格の介護福祉士を養成する学校への今年度の入学者数は減少する一方で、2022年度の定員充足率はわずか54.6%でした。
募集停止や廃止をする学校が後を絶ちません。
都市部と地方の需給バランス
日本における高齢者の住居形態は、地域によって大きく異なります。
厚生労働省のデータによれば、都市部では核家族化の進行と共に独居や高齢者のみの世帯が増加しています。
この傾向は、都市部における老人ホームへの需要の高まりを示しています。
しかし、2022年度の特養の経営状況は6割強が赤字でした。
コロナ後に、物価高や光熱費の上昇といった経営コストの増加が収益を圧迫したのが主な原因ですが、今年の介護・医療報酬ダブル改定において、公金をジャブジャブ注ぎ込むことで全てを解決できるのかというと、また別の懸念材料があります。
老施協(公益社団法人全国老人福祉施設協議会)の発表によると、特養(広域型、地域密着型共に)常に空きがある、施設によってまたは時期によって空きがあるという市町村が合わせて17%を超えています。
大都市部では依然多くの高齢者が入所を待つ一方で、過疎地域などでは高齢者の人口が減り始め、介護が必要な人の数も減っていることが背景にあります。
NHKの推計では、特別養護老人ホームの入所者の92.9%を占める、75歳以上の「後期高齢者」の人口は、東京などの大都市や県庁所在地など地方の都市部を除くほとんどの自治体で将来的に減少する見込みです。
このような地域間の需給バランスの違いは、老人ホームの適切な供給計画に影響を及ぼすことでしょう。
この問題は、単に空き部屋が増えるということだけではなく、経営の安定性や介護サービスの質にも影響を与えるため、地域ごとの実情を考慮した計画的なアプローチが必要です。
2023年介護事業者の倒産は過去2番目
老人ホームの経営状況は、入居者にとっても非常に重要な問題です。
東京商工リサーチによると、2023年の「老人福祉・介護事業」の倒産は122件で過去2番目を記録しました。
このうち、サ高住や住宅型有料老人ホームに併設して「介護施設」のようなサービスを提供することもある訪問介護事業者の倒産は、過去最多を大幅に上回る67件です。
また、倒産以外でも事業を停止した介護事業者の休廃業・解散が510件と過去最多を記録。年間600社強が市場から退場していることになります。
2024年は一段と小・零細事業者の倒産、休廃業・解散が増加してもおかしくないでしょう。
まとめ
本記事では、日本における老人ホームの現状とこれに伴う諸問題に焦点を当てました。
老人ホームの数の増加、労働力不足、地域による需給バランスの違いは、生産人口である私たちが直面するであろう重要な課題です。
これらの問題に対して、実情に合わせた適切な対策を講じることが、今後の持続可能な高齢化社会に不可欠です。
都市部と地方で異なる需給状況に対応し、介護職員不足の問題を解決することは、高齢者の生活の質を高めるために必要なステップです。私たちの社会が、高齢者一人ひとりのニーズに応えるためには、継続的な関心と対策の更新が求められます。
また、介護事業者の倒産は負債1億円未満の小・零細事業者が全体の8割を超えるため、入居する老人ホームを選定する上で、運営法人の経営基盤や事業展開エリア、事業戦略をチェックする事は非常に重要です。
近い将来、過疎地域で介護難民とならなぬように、「介護移住」することがトレンドになる日が来るかもしれません。