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いろんなどら焼き

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遠い彼方にあった、女性と小学生のふれあいの物語
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➓手紙

 とんでもない偶然に、さくらは手が震えた。びりびりと歪に開封し、それを読んだ。
「國枝さくら様 突然このようなお手紙を差し上げること、不躾なことと承知しています。私は小説家をしていました、松倉雅と申します。覚えていらっしゃいますでしょうか、40年前のある期間、私の家で同じ時間を過ごしたこと。貴女はまだ小学生でしたね。それはそれは頭の良い女の子でした。とても小学生にするに値しない相談にも的確に答えて

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❾40年

 ズラッと並んだ検索結果の中に、それはあった。松倉雅のWikipediaも作られている。写真の顔が、あの時の雅さんのままだった。どうやら、10年前に作家は引退していて、今は72歳のようだ。さくらは、一度も作家のパーティー等で見たことがない。パーティーに行くたびに思い出していたのだが、関係者には一度も詳細を聞いたことがない。
 あの時、たかが小学生の自分がああいう言葉を不用意に放ったが、雅さんの人生

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❽令和元年

 令和元年5月1日深夜。TVの向こう側。
「渋谷の若者の皆さんは、祝賀ムード一色です!ワインやシャンパンを開けている人もいます!みんなでこの新しい元号をお祝いしているようです!」
「みんな、楽しいっしょ!!みんなで踊りましょうよー!」
 さくらはパソコンに向かいながら、クスリと笑った。ふと、雅と居た時代を思い出したのだ。あの、センセーショナルで至極繊細な存在。それでいて、思いやりと愛に溢れていた。

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❼いろんなどら焼き

 「何をしてもいいと思う」
さくらは一瞬雅を見て、また本に目を落とす。
「私はまだ友達以外の「好き」の感情を抱いたことがないけれど、何歳で何をしたって周りが迷惑じゃなければいいんじゃないかと思う。でも、授業で習ったけれど、戦争中は思考や興味も制限するよう教育されてたから、制限の外の行為をしたら白い目で見られた。その名残があるのね。きっとそのうち、偏見はやめようって風潮になるんじゃないかしら。でも、

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❻私の女

 さくらは一頁目を開き、読み始めた。既婚の女性が主人公である。夫との穏やかな生活を愛しながらも、偶々出くわす女性をひたむきに愛し始める。さくらにはまだこういう感情がわからなかった。
 ただ、この人は肌全体で世界の繊細さをいちいち感じ取りながら不器用に生きているんだろうな、と思わせる、ずっと読んでいたくなる文章だった。
「どう感じた?」30分くらい経ち、雅はにっこりと笑い、尋ねる。
「それは、私の話

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❺小説家

 「雅さんは恋人がいるの?」
さくらは、雅の家の縁側でさくらんぼのジュースを飲みながら、それとなく尋ねてみた。なんとなく、この間のそれが恋しい人とする行為なのは知っていた。
 「いないわ。私はひとり。」
雅は、高くひとつに括った髪の毛を解きながら、薄く笑みを浮かべた。さくらは、時折見せる、雅の奥の深い微笑みが好きだった。
 「さくらちゃん、こないだ家に来てくれたのね。どら焼き置いてってくれたでしょ

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❹ひと夏の経験

 雅の家は薄明かりがついていた。昨日と同じように縁側から覗いてみた。左が仏間。奥がおかってと寝室、風呂場である。さくらは、靴を脱ぎこそっと上がってみた。そろりそろりと音を立てないようにしていた。仏間、おかって、寝室、風呂場の順に覗いた。明度が足りなくてよく見えない。もうモノだけ置いて帰ろうか。ところが、そのとき寝室で人間が動く気配を感じた。

 「雅さん」と声をかけようとした寸前で、しかしさくらは

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❸お礼

 翌朝、さくらの母は「雅さんにお礼を持っていきなさい」と娘に和菓子を持たせた。菓子の入った紙袋は、さくらが両手でやっと持てるくらいの大きさである。さくらは和菓子が少し苦手である。彼女は多少煩雑に思いながらもそれを持ち、黄色い帽子をかぶり、小学校へと向かった。

 途中、黄色い帽子たちと合流し、教室で大声をあげて人の目を引こうとするタイプの帽子にその紙袋は何かと問われた。さくらは「計算ドリル12ペー

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❷雅さん

 その女性は雅(みやび)と名乗った。ここに1人で住んでいるという。
 「雅さんはどうして1人で住んでいるの?」
 「結婚した人がね、10年前に死んでしまったの。子どももいないし、それから私ひとりきり」
 さくらはふーん、とオレンジジュースのストローを口にくわえた。縁側のすぐ左手に仏間があり、20代くらいの男の人の写真が飾ってある。写真は10年という月日を思わせるほどには煤けていたが、仏壇も含めて丁

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❶昭和55年の話

 蛙が水溜まりを避けてぴょんと跳ねる。
 さくらは赤いランドセルを背負ったまま、前屈みでじっとそれを見ていた。雨は4時限目に止んでいた。普段は綺麗に整ったグラウンドの、濃い茶色と薄い茶色が混ざったぐちゃぐちゃが彼女には新鮮だった。同級生が「運動場がぐちゃぐちゃだ!」と口々に言っていたので、あれは「ぐちゃぐちゃ」と言う名前なのだ、と理解した。
 さくらはどうしてもこのうす緑色の生き物の触り心地を知り

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