❽令和元年

 令和元年5月1日深夜。TVの向こう側。
「渋谷の若者の皆さんは、祝賀ムード一色です!ワインやシャンパンを開けている人もいます!みんなでこの新しい元号をお祝いしているようです!」
「みんな、楽しいっしょ!!みんなで踊りましょうよー!」
 さくらはパソコンに向かいながら、クスリと笑った。ふと、雅と居た時代を思い出したのだ。あの、センセーショナルで至極繊細な存在。それでいて、思いやりと愛に溢れていた。間違いなく、私を作家に成らしめた一因である。
(雅さん、やっぱり今でもまだ世界は囚われたままかもしれません)
 締め切りは今日である。完成に近い原稿を手直ししている段階で、気持ちにも余裕があった。
 さくらは今年で50歳だった。雅さんは今どうしいるのか。私が10の時に30代だから、ご存命なら古希は超えている筈。
 雅さんのいう通り、私は作家になった。文章を書くことが私に与えてくれる、抗いようのない魅力に囚われたままだからだ。そして、今では出版するごとに、映像化の話がくる。有難い話なのだが、自分の書く言葉を、気持ちを、全ての人に理解して欲しい、いやできるとは思わなかった。それは驕っているわけでは全くなく、自分がメジャーな部類の考え方をしているとは思わなかったからだ。だが、それとは反対に読者ウケを狙った文章も書けるようになった。それが、自分にとって良いことなのか悪いことなのかはわからない。いやきっと、わかっているのだけれど。
 結婚は若い時にして、数年前に離婚している。現在、結婚していた時より幸せだと言える。元旦那のことは今でも誰より愛している。だが、彼とはもう死ぬ前に数回会えれば幸せだと思える。周りにはわからないかもしれないが、そういう仲だってある。
 さくらはブラウザを開き、あの家の表札を思い出し「松倉雅 作家」と打ってみた。もしかしたら前の旦那さんの苗字なのかもな、と思いながら。

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