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日本の源流を訪ねて|第3話 渋谷で狂言

先週の土曜日、「狂言」の公演を観に行く為、渋谷にある「セルリアンタワー能楽堂」を初めて訪れました。

「狂言」は言わずと知れた日本の古典芸能ですが、まさか流行の最先端と言われるような「渋谷」の駅近くに能楽堂があるとは思いも寄りませんでした。



狂言(きょうげん)は、猿楽から発展した日本の伝統芸能で、猿楽の滑稽味を洗練させた笑劇明治時代以降は、および式三番とあわせて能楽と総称する。
概要[編集]
2人以上の人物による、対話と所作を用いた演劇である。
狂言と同様に猿楽から発展した能が、舞踊的要素が強く、抽象的・象徴的表現が目立ち、悲劇的な内容の音楽劇であるのに対し、狂言は、物まね・道化的な要素を持ち、失敗談を中心としたシナリオおよび、様式をふまえた写実的、ときには戯画的な人物表現を通じて、普遍的な人間性の本質や弱さをえぐり出すことで笑いをもたらす[1][2]。
その笑いの質は、曲目(演目)によって、風刺性を帯びる場合もあれば、ほがらかな言葉と動きによって観客の幸運を祈る祝祭的な性質を持つ場合もある[2]。

Wikipediaより


今回の公演「第五回 狂言 武悪の会」は以前記事にてご紹介させて頂いた「村瀬香奈子さん」が演者として参加される舞台で、この度有難いことにご招待を頂きました。


★以前の「村瀬香奈子さん」の紹介記事はこちらです。


「武悪の会」は狂言師の「野村萬斎さん」が本名の「武司」で活動されていた頃に始められた会であり、「武悪(ぶあく)」という狂言の主人公と、「武司(萬斎先生)」に習う悪ガキども、というような意味を掛けて名付けられているそうです。


まず僕が狂言と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、小学生の頃に国語の授業で習った「附子(ぶす)」という物語なのですが、皆さんもそうでしょうか?


附子』(ぶす)とは、狂言の曲目の一つ。小名狂言に分類される。
あらすじ[編集]
ある家の主が、「附子という猛毒が入っている桶には近づくな」と使用人である太郎冠者(たろうかじゃ)と次郎冠者(じろうかじゃ)に言いおいて外出する。しかし留守番を言い付かった太郎冠者と次郎冠者は、附子のことが気になって仕方がない。主人からは「毒の入った桶から流れてくる空気を浴びただけでも死んでしまう」と言われていた二人は、扇を使って空気をかわしつつ接近を試み、とうとう太郎冠者は、桶の中身を覗いてみることにする。するとどうであろう、毒であるはずの附子なのだが、大変おいしそうに見えるではないか。誘惑に負けて、太郎冠者が附子をなめてみると毒というのは全くの嘘で、主人が附子だと言った物の正体は砂糖であった。二人は奪い合うようにして砂糖を食べつくしてしまった。主人が嘘までついて隠しておいた砂糖を食べてしまった言い訳として、二人が選択した行動とは……
まず主人が大切にしている茶碗と掛け軸をめちゃめちゃに壊す。見るも無惨になったところで、二人で大泣きした。帰ってきた主人が泣いている二人と、破れた掛け軸、壊れた茶碗を発見し、二人に事情を聞いた。そこで二人は、「掛け軸と茶碗を壊してしまったため、死んで詫びようと毒だという附子を食べたが死ねず、困っている」と言い訳するので、どうしてよいか困った主人が途方に暮れ、最後は「やるまいぞやるまいぞ」と主人が逃げる太郎冠者と次郎冠者を追いかける。

Wikipediaより



とても独特な言葉遣いと節回しであった為、暗唱出来るほど楽しんで朗読した記憶があります。

まさかその狂言を生で渋谷で観ることになるなんて・・・

田舎の小学生であった僕には想像も出来なかった未来を生きているなぁと思って、人生って本当に面白いなぁと改めて思いました。

狂言を鑑賞して

公演がスタートすると連吟(れんぎん)と呼ばれる複数人での謡が披露されました。
それと同時に感じたのは、自分でも何に反応しているのか分からない鳥肌です。

ただひたすらにゾワゾワと立ち続ける鳥肌。

初めて観るはずなのに、とても懐かしい感じがする空気感。

まるでタイムスリップしたかの様な不思議な気持ちになりました。

そして緻密に計算された脚本と、それを演じ切る演者の力量に尊敬の気持ちが止まりませんでした。

トップの狂言師であられる萬斎さんの演技も拝見させて頂きましたが、声の声量・抑揚・動き、どれをとっても「これぞ狂言なのではないか」と、素人ながらにも感じてしまう様な洗練された美しさがありました。

例えるならばそれは、パズルのピースが適所にピッタリとはまる様な、「丁度いい」「心地良い」と感じる様な美しさなのでした。

「素囃子(すばやし) 羯鼓(かっこ)」の衝撃

どの演目もとても秀逸だったのですが、音楽をこよなく愛する僕としては「素囃子(すばやし)羯鼓(かっこ)」も見逃せない演目でした。

「素囃子 羯鼓」とは・・・
羯鼓(かっこ)という打楽器(腰につけるミニドラム)を用いた舞の場面を、楽器のみ(=素囃子)で演奏する。

狂言 武悪の会 児玉美織さんよる用語説明より


一体どのような感性からこの様な音楽が生まれるのだろうと思ってしまう様な、ザ・日本を感じる唯一無二の音楽性。

これぞ「阿吽(あうん)の呼吸」とも言えるような絶妙な三者の掛け合いと、徐々にヒートアップしていく様は圧巻の芸術です。至福の音楽体験を、是非皆さんにも生で体験して頂きたいです。


羯鼓(かっこ) / TC楽器 YouTubeより

伝える 伝わる

「狂言」の原型は平安時代(8~12世紀)に「能」とともに生まれ、中世の室町時代(14~16世紀)になってその様式が確立したとされています。

その内容は庶民の日常や説話を題材にしたものであり、人間の姿を滑稽に描いた喜劇です。

実際に観るまではなんとなく敷居の高さを感じていましたが、とても人間くさい内容で親近感があり、現代人でも大いに笑えるものでした。

しかしそんな喜劇の中にも、独特な「間」の取り方や、デフォルメされた動き、衣装や舞台美術など、ふんだんに「美」の要素を感じられる点が、狂言の持つ独特な魅力なのかなと感じました。

そして遥か昔に作られた芸術が、脈々と現代まで受け継がれて来たということが本当に素晴らしいことだと感じました。

そこには今回の公演の演者の皆さんをはじめ、時代時代で狂言を受け継いで来た人たちと、その文化を守ろうとして来た人たちの存在があります。

たくさんの人生の選択肢がある中で「狂言文化の担い手」となり、そこに情熱を注いで来た人たちの生き様。

今回その情熱の一端に触れて、尊敬の気持ちと共に大いに感化された観劇となりました。

ご招待下さった村瀬さん、本当にありがとうございました!

言葉の力

そう言えば中学生の頃に、担任だった国語の先生と交わしていた交換日誌のようなものがありました。

ある日国語の授業で「枕草子」を習ったときに、僕はその内容に感動して日誌にこう綴りました。

「日本語というものがあるおかげで、僕は清少納言が自分と同じ時代を生きている人かの様に生き生きと感じられます。

彼女が生きていた当時の日本の文化、観ていた風景、心の中に抱いていた気持ちが、千年の時を超えて僕に鮮やかに届いているのは本当に凄いことだと思います!

千年後に生まれた僕に、あなたの想いが届いていますよ!と、彼女に教えてあげたいです。

そして時を超えられる言葉は本当に凄いと思います。

だから僕は日本語が大好きです」


トワ中学時代の日誌より


何気なく思ったままの気持ちを綴った日誌でしたが、次の日の放課後、日誌を読んだ先生から呼び止められました。


「マチャアキ!(僕の本名がマサアキ)、
俺この日誌読んで、すんごく嬉しかったぞ!!
国語の先生をやってて、これ程嬉しい言葉はないよ!」


そう言葉にした先生の目からはなぜか大粒の涙が溢れていて、泣きながら、でも嬉しそうに微笑みながら僕に伝えて下さったのでした。

当時の僕には、「中学生の言葉で大人が涙を流した」ということがとても衝撃的でした。

そして同時に、自分の想いが先生の心に届いたことが嬉しく、ここでもまた言葉が持っている力を再認識したのでした。

そしてそれは同時に、

「言葉が生きている」

言葉の中に命があることを見つけた瞬間でもありました。


それからというもの、僕は言葉が生きていること、言葉の中にある命を常に意識しながら文章を綴る様になりました。


言葉は誰にでも簡単に扱うことが出来ますが、それによって人を生かすことも、時には殺すことも出来てしまう程に計り知れない力を持っています。

「狂言」が遙かな時を超えて現代にまで伝わったのも言葉の力。

今あなたがこの文章を読みに来て下さっていることも言葉の力。

家族や友達、周りの人たちとの会話や連絡、そしてそこから紡がれていく出来事の奥にあるのも言葉の力。

そもそも、人を動かしている「想像力」自体が言葉の力と言えるのではないでしょうか。

そういう意味では、自分が扱っている言語の成り立ちや奥深さを知っていくことは、人生に大きな影響をもたらすことだと思います。

そしてある意味では、過去の全ての集積が僕らであり、今の世の中なのだから、ものごとの源流や古典に触れることが自分を知ることにも繋がると思います。


結果的に「狂言」から「言葉」に着地した記事となりましたが、これからも日本の源流、自らの源流を訪ねて楽しい旅を続けていきたいと思います。


つづく


この道我が旅 / 団時朗


狂言の観劇後、今回の様な「生まれて初めての体験」を、人生であと何回体験出来るだろうと考えました。

「生まれて初めての体験」を、これからもたくさん重ねていく人生にしたいと思いました😊


◆「日本の源流を訪ねて」第1話はこちらから

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