奈良の大仏様はどう教えられてきたのか?(20)オールジャパン・プロジェクト④ー歴史授業の進化史・古代編
もくじ
(1)はじめにーならの大仏さま
(2)天皇はいばってる?ー金沢嘉市氏の授業
(3)民衆を苦しめた?ー山下國幸氏の授業
(4)壮大な無駄?ー向山洋一氏の授業
(5)大仏よりも薬・病院?ー米山和男氏の授業
(6)オールジャパン・プロジェクトー安達弘の授業
(7)日本人と天皇と王女クラリス
(8)三島由紀夫と歴史教育
(6)オールジャパン・プロジェクトー安達弘の授業④キャッチフレーズをつくる
前回も紹介したが、もう一度子ども向けに書いた「詔」を紹介する(すでにお読みなった方は割愛して下さい)。
◆天平十五(七四三)年十月十五日に大仏建立の詔
わたしは天皇の位についてからというもの、この世に生きているものすべてを助けようと心がけ、慈しみの心をもって民を治めてきた。そのわたしの心は国中に伝わっていると思う。しかし、仏の教えのありがたさはまだまだ国中に行き渡っているとは言えない。そこで、仏の教えの力で天地が安らかになり、この国の未来にも残るりっぱなことを成しとげて、生きるものすべてが栄えるようにしたいのだ。
わたしは、金と銅で大きな仏像をつくろうと思う。国中の銅を集めて大仏をつくり、山を削ってお堂を建てるのである。この大仕事のことを広く国中に呼びかけて、賛成してくれる者を仲間とし、最後には全員が仏の教えで救われるようにしたい。
いまの世の中の富と力を持っているのはわたしだから、わたしが大仏をつくろうとすれば簡単にできるだろう。しかし、それでは大仏をつくる本当の意味が成しとげられたとは言えない。魂の入っていないただの形だけの仏をつくることになってしまう。
また、この大仕事を行うにあたって心配していることがある。それは、この国の民に苦労をさせるだけになってしまい、仏の教えもわからないままに終わってしまうのではないかということである。
そこで、わたしの仲間として大仏づくりに参加する者は、誠実な心で仕事をして、幸せをつかみ、一日に三回は心の中で仏を拝んでほしいのだ。
これに自分からすすんで賛成する者は、その気持ちを大事にして大仏づくりに参加してほしい。もし、一本の枝、ひとつまみの土などのわずかなことでもすすんで仕事に参加したいという者がいれば喜んで受け入れたい。
なお、役人たちに言っておく。この仕事を理由にして民の財産を取ろうとしたり、税金を高くしようとしてはならない。このことは国中すべてに伝えるようにしなさい。
この「詔」を読ませた後に次の課題を提示する。
では、ここからシミュレーションです。
みなさんも大仏づくりに参加してみましょう。奈良時代の聖武天皇直属の広報担当という設定にします。
聖武天皇の詔を読んだあなたは大仏づくりの仕事に全力をつくすことを決意しました。「聖武天皇の気持ちを正しく伝えたい。そして、大仏づくりにできるだけ多くの民が参加してほしい!」と思ったあなたは、より多くの民に参加を呼びかけるためのキャッチフレーズを作ることにしました。
キャッチフレーズとは、宣伝に用いられる短い文のことです。短い文でわかりやすく魅力を伝えます。その後に、民へのよびかけの文章を書いてみましょう。
キャッチフレーズを作成する、と言われてもイメージが浮かばない子のために以下の「ガイド」を示す。
思いつかない人は以下のCMの例を参考にして下さい。
例1:すぐおいしい、すごくおいしい
ーこんなにおいしいものがたった三分でできるなんて、驚きです。ぜひ、みなさんも食べてみて下さい。
例2:ココロも満タンに
ー燃料がなければ車は動きません。でも、人間だって幸せな気持ちがなければやる気が起きません。やさしい心で待ってます。
例3:ありがとう。いい〜くすりです
ー体調が悪いときはこの薬をどうぞ。きっと痛みをとってくれます。いい薬だと言ってもらえるように作っています。
例4:そうだ、○○へいこう
ー毎日お仕事ごくろうさまです。のんびりしたいなあ、と思っているあなた。旅行に行きましょう。行くなら美しい自然とすてきな人がいる町が最高です。
では以下、この課題で小学生が作ったキャッチフレーズを一部紹介する。
①大仏最高!
~国が危ない!大仏づくりに参加して国を救う救世主になろう!!
聖武天皇の言葉「大仏を作って国を救って下さい」
②やる気魂
~やる気のある人だけでいいです。無理矢理来なくてもいい。でも、作るのであれば魂の入ったものを・・・。さあ、大仏を造ろう。一つまみの手伝いでも・・・。みんなでのりこえよう。
③すくおう、その手で、この国を
~今この国は激しい災害や日照りが続き、民は苦しい生活を続けています。苦しんでいるのはあなただけではないのです。あなたのその手で国をすくいませんか?ぜひ大仏づくりにご参加ください。力をかしてください。
④ひとつまみの幸せ
~皆で力を合わせれば、あっという間にすぐ完成。枯れ木も山のにぎわいです。ひとつまみひとつまみとコツコツコツコツ続ければ、やがていつかは完成し、大きな幸せをつかめます。
⑤ありがとう聖武天皇
~民のみなさん。聖武天皇は自分のために大仏を作るのではありません。民のみなさんのために魂をこめて大仏を作りたいのです。どうですかみなさん。聖武天皇だけでなく民のみなさんのためにも大仏を作りませんか。
⑥日本を変えよう!
~聖武天皇と一緒にこの日本を変える大仏づくりに参加しませんか?きっとあなたの生活も豊かになるでしょう。
⑦形だけではだめだ
~聖武天皇はこの世に生きているもの全てを助けようと心がけています。大仏は聖武天皇だけでも作れるけれど魂が入りません。魂を入れましょう。
⑧小さいことから
~一本の枝、ひとつまみの土でもいいから力をかして下さい!どんなに小さいものでもコツコツとがんばりませんか?そして聖武天皇と一緒に大仏を完成させよう!日本を変えるために!!
⑨日本を救おう
~あなたが参加すれば日本が救われる。救いたい人は心をひとつに大仏づくりに協力すれば救世主になれます。
⑩そうだ大仏をつくろう
~大仏づくりに協力して仏様の力をかりて幸せをつかもう。枝一本だけでもOK
⑪大仏造りますか、人間やめますか
~大仏を造らなかったら天然痘、台風、地震、餓死・・・。死んでからでは取り返しがつきません。
傑作ぞろいである。これらはもちろん現代の子どもたちの想像の世界である。しかし、子どもたちの作ったキャッチフレーズを読んでいると、ほんとうに奈良時代の役人がこんな言葉で大仏づくりを説いて回っていたのではないかと思ってしまう。大仏づくりで朝廷と協力した行基の一行もこんなセリフで民衆に語りかけていたかもしれない。大仏づくりが全国に広がっていくイメージがわいくる。悲惨な奈良時代イメージは音を立てて崩れていく。
これらのキャッチフレーズは班で紹介し合い、後に数人には全体にも発表してもらって鑑賞する。最後に以下の話をする。
天平十七(七四五)年八月二十三日に東大寺での大仏づくりが始まった。
この日、聖武天皇はみずから着物のそでに土を入れて運びました。それにならって皇后や聖武天皇の娘、高い位の女性たち、政府の役人たちも土を運んで大仏の土台を作ったと言われています。
そして、河内(いまの大阪府)の豪族がお金を寄付し、越中(いまの富山県)の豪族がお米を寄付したのをきっかけに、各豪族が次々と寄付の名乗りを上げはじめました。
さらに、それまでは朝廷と対立していた僧の行基とその弟子たち約三千人も大仏づくりに協力することになりました。いったいどれぐらいの人たちがこの大仕事に参加したのでしょうか?『東大寺要録』という本にその記録が残っています。
①お金を千貫以上寄付した人 10人
②それ以外にお金を寄付した人 37万2075人 ③材木を寄付した人 5万1590人
④労働に奉仕した人 166万5071人
⑤仕事としてやとわれた人 51万4902人
合計すると260万3648人の人が大仏づくりに協力したことになります。これは当時の人口の約半分です。のべ人数として記録されている可能性もありますが、いずれにしろすごい数の人が協力したのは間違いありません。
現代の日本では東日本大震災からの復興を日本人全員の力で進めています。それと同じように奈良時代の人たちも国難を乗り越えるために聖武天皇をリーダーにしてオールジャパンで大仏づくりを進めたのだと言えるでしょう。
授業後に子どもたちが書いた感想文を紹介しよう。
*聖武天皇のやる気の強さはすごいと思いました。そして、たくさんの人が集まって大仏ができたんだと思うと、やっぱりすごいと思います。これからは自分もみんなのために動きたい。
*聖武天皇は民を一番に考え、魂をこめた大仏を作ろうとしました。この行動に感動です。自分だけでは意味がない、民みんなでつくろうというのがきっと本当に大仏が力をはっきしてくれるきっかけになっていくのではないかと思います。
*信頼できるリーダーがいないとこういうプロジェクトには参加できません。聖武天皇が頼れる人だから、私たちの国を救ってくれたから、みんなが協力してくれたんだと思います。協力って本当にいいものですね。
*聖武天皇は自分より民を優先できるすばらしい人なんだなと思いました。聖武天皇は民から絶大な信頼を得ていたことがわかりました。
力強いリーダーを中心にまとまる国民の姿は国の理想の姿と言える。
このように、この授業は先達四人とはまるでちがう「オールジャパン・プロジェクト」というコンセプトで展開されている。このコンセプトの根幹は次の二点である。
①偏った時代イメージを前提としない
②天皇を正面から取り上げる
①についてはすでに触れているのでここでは繰り返さない。最大の問題は②である。奈良の大仏という巨大建造物を作る大イベントは国家事業である。そこにはあらゆる人々の願いがあり、リーダーの動機があり、国としての目標設定がある。でなければ実現など不可能だ。そして強いリーダーシップがなければあらゆる階層の協力を取り付けることなど無理である。
古代の天皇には世俗的権力だけでなく強い宗教的権威もあった。だからこそこれほどの大事業が可能になったのである。これはわが国における天皇の存在意義を教える最も重要な学習内容であり、聖武天皇の「詔」は不可欠な教材と言ってよい。
これについては文科省も『指導要領解説』の「イ大陸文化の摂取,大化の改新,大仏造営の様子を手掛かりに,天皇を中心とした政治が確立されたことを理解すること」に関連して次のように述べている。
大仏の大きさから天皇の力を考えたり,大仏造営を命じた詔から聖武天皇の願いを考えたりする学習などが考えられる。
文科省はズバリ「詔」を教材として使うことを推奨しているのである。