ゆきむし
「ゆきむしを、見たよ」
9月も終わろうかというある日
彼が言った
体温で溶けてしまいそうな儚さで
まるで本物の雪のように舞う
ゆきむしを
「もう、そんな季節になったのね」
「もうすぐ雪が、降るのかな」
通勤途中に聴こえていた
虫の声のハーモニーは
日を追うごとに
単調な独唱に変わり
そのうちにいよいよ
誰の声も聴こえなくなった
昨日までそこにいると感じていた
数々の生き物たちの息吹が
静かに、静かに
地中深くに眠るように
ゆっくりと沈んでいく
「ゆきむしの白い綿毛はね、蝋燭みたいなもので出来ているんだって」
「それでね、たったの一週間きりの命なんだって」
「まるでぼっと燃え立って、そのまま溶けて消えてしまう本物の蝋燭みたいだね」
ゆきむしの小さな命の灯し火を
見られる時間はほんの僅かしかない
「ゆきむし、見にいこうか」