あなたのための短歌に、わたしもとなりで救われた
初めて出会ったのは、京都の一乗寺にある本屋「恵文社」さんの一角だった。
その時にも私は文章を書いていたし、俵万智さんの歌集の影響で短歌の面白さに見出されてもいたので、何の気なしに本棚に手が伸びていた。
『あなたのための短歌集』木下龍也
すっきりとした装丁のそれを手にした時の興奮と、それを隠すためのわざと鷹揚な自身の仕草を覚えている。それくらいすぐに消費してしまうには惜しい31字たちだったのだ。
100人分の「お題」とそれに応える「短歌」のシンプルな構成から本書はできている。
お題は好きな言葉の時もあれば依頼主の名前の時も、また個人的な悩みの時もある。そのどれもが、もともと依頼主個人のためだけにプレゼントされたものだ。改めて歌集としてまとめられた1首1首を覗かせてもらうとき、それらが誰かの羅針盤、あるいは処方箋になっているだろうことが染み渡ってくる。
誰かの想いに応える一対一の関係性の中で作られているからこそ、その情景は深くなり、逆に多くの人に共感を与える歌になっていると感じた。たった31文字に心がほぐされる、はっとさせられるから、言葉は不思議だ。そこにたくさんの想いを含ませることができる、生き物みたいだと思う。
わたしはこの本を開き、いつも自分を救ってくれたのは言葉であると思い出したと同時に、言葉を上手に扱いきれない自分に苦しくなっていることを突きつけられもした。
才能への嫉妬などというおこがましいものではない。人を救う言葉に触れると感じ入ってしまうのだなと、よそゆきの服でひとり、純粋に強く打ちのめされていた。
1首だけを選ぶのは、やや、いやとても荷が重いが、せっかくなので好きな歌を紹介させていただく。
ゆるやかに曲がりくねる生活のままならなさも不自由さも、愛していいのだと言ってもらえた気がする。直進しようとするその一生懸命さを笑わず、けれど肩の力をゆるめてくれるこの歌が好きだ。
ここ数年で大きく世界は変わり、そして生きているだけでもずんとお腹の底が重くなる、漠然とした不安や将来の不透明さにさらされやすい時代になってしまった。
依頼主はどんな日々を過ごしているのだろう。必死で生きようともがくほどに、虚しさがこみ上げることもきっとあるんじゃないか。他の人の思いの全てを知ることはできないけれど、どんな人も心に抱える生きづらさを救ってくれる歌だと私は感じる。そういう言葉が、この本には詰まっている。
そして言葉の力に揺さぶられた私は、居場所のない旅先の街で1首を書き綴ってみた。
自分の未熟さにいつも足場は揺れているけれど、それでも前を向かないと、そして本当に好きなものは手放せないのだとこの本を読んでわかってしまったから。だからきっとあなたにも、寄り添ってくれる本だと信じている。
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