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先生と豚

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ある高校生の日常に舞い込んだ非日常を描いた短編ミステリー?ぽいものです。拙い部分もありますが、読んで頂けたら幸いです。
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#ミステリー

先生と豚16

先生と豚16

 紅林は思い出したようにこれまで疑問に思っていた事を柿崎にぶつける。
「そういえば、あの協力者って誰だったんだよ。金庫に来たとき顔の半分くらいしか見えなかったから結局誰かわからなかったし」
「さあねぇ」
 柿崎は首をかしげる。
「さあねって、先生は知ってんだろ」
「どうだろう?」
 にこにこと人好きのする笑みをたたえて柿崎は答える。
その反応に紅林は舌打ちした。
「隠さなきゃなんない人物なのかよ」

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先生と豚11

先生と豚11

 翌日、銀行の職員が金庫を開けると現金が詰められていた砂袋が消えてていることに気づき、事件は明るみになった。すぐさま警察が呼ばれ調査等がなされた。当夜警備にあたっていた数人が事情聴取を受け、行員に扮した人物が現れたことが分かり、その人物を犯人であると警察はほぼ断定して捜査に取り掛かる。幸い、犯行の様子は監視カメラに記録されており、それによって犯人は複数いることが判明した。しかし画像が荒く顔までは分

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先生と豚⑩

先生と豚⑩

 甲高い機械音が鳴った。留守電の録音開始音に似ていると紅林は思った。同時にこの音がエラーを表していたら終わりだなとも考える。
幸い、予想に反して扉のロックが外れる音が重々しく響いた。同時に空気が勢いよく漏れ出すような音がした。
(開いた……!)
 紅林は厳ついドアノブを思い切り引いて金庫のなかを見る。非常灯の明かりがついた凡そ二十畳ほどの空間には鉄製の棚にズラリとアタッシュケースが並び、その横に砂

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先生と豚⑦

先生と豚⑦

 銀行にも当然ながら関係者専用の出入口がある。いわゆる裏口である。侵入するとすればこれほど好都合な道はないだろう。入館証さえあれば、そこを突破するのは容易い。金庫が破られることを想定していないせいか厳重な警備などは特にない。
 柿崎はそのことについてひと言――馬鹿だねぇ、と感想を述べた。
 こちらとしてはやりやすいが一般論で言うならば人様の金を預かっているというのに、その自覚と警戒心が足りないので

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先生と豚⑥

先生と豚⑥

「強盗なんてできないよ」
 放課後の準備室で柿崎は断言した。
 紅林が柿崎と協定を結んでから一週間が過ぎていた。
「はぁ? いまさら何言ってんですか」
 逃げられないと言ったのは柿崎のほうだったはずだ。それが今後の指示を仰ぐために入室した生徒に向ける言葉なのか、と言いたい。しかし柿崎は紅林のそんな思いは露とも知らず答えた。
「だって銀行強盗って、昼間に襲って金を出せぇって脅して金を盗むでしょ。そん

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先生と豚⑤

先生と豚⑤

 翌朝、登校してきた菊本の顔にはシップが貼られていた。輪島やその仲間に殴られでもしたのだろう。紅林は罪悪感を覚えたが、教室内で菊本と接触するのは目立ちすぎる。放課後にでも声をかけようかと思う。本当はすぐにでも謝りたい気分だったが、それをすると柿崎が黙っていない。誰を巻き込んでも文句を言うなと釘を刺されたばかりだ。
 紅林はため息をついて窓際の席につく菊本を見やった。
 その日の菊本の机には花瓶に入

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先生と豚④

先生と豚④

   豚のキーホルダーが目の端でゆらゆら揺れた。
 つぶらな瞳で見つめてくるピンクの顔を紅林は睨み返す。柿崎が用意した目印で電柱にぶら下がっていると誰かの忘れ物のようにも見えた。
 深夜とはいえ、道路沿いに点在する街灯やコンビニの明かりで辺りはわりと明るい。それでも暗いことに変わりはなかったが、紅林は山中の、自分の手足さえ確認できないほどの闇を知っていたから電柱の影にひとり隠れていても心細くはなか

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先生と豚③

先生と豚③

 紅林のクラスにはいわゆるいじめが流行していた。
 対象者は菊本といって、いかにも気弱そうな顔立ちをしている。細い身体をして肌が白い。それが女子に言わせると気持ち悪いらしい。紅林はいじめに参加する気は全くなく第三者に徹していた。しかしクラス全体が菊本を攻撃しているため、ときには面倒なこともあったが興味がないと言ってその場を凌いでいる。
 そんな菊本の存在に柿崎が目を付けた。
「あの子、使えるね」

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先生と豚②

先生と豚②

 紅林が母親の病状を知ったのは、救急病院に呼び出されて重々しい医師の口調を聞いたときだった。緊張と不安とで文字通り頭が真っ白になっていて、そのときのことはあまりよく覚えていない。ただ、レントゲン写真に映し出された黒い影と医師が身につけていたロレックスの時計が強く印象に残っていた。
紅林がぽつぽつと相談を持ちかけると、そうだねえ、と呟きながら柿崎は研究机の引き出しから眼鏡を取り出した。柿崎は少し前か

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先生と豚①

先生と豚①

 それまで時効を迎える気分というものを味わったことがなかったが案外あっさりとしたものだと紅林は感じた。

成人式で二十歳になる前は憧れのようなものを抱くが実際にそこに至ると何の感慨も湧かないのと同じだ。
ふと、あの人はどうしているのだろうと考えた。
思い返してみれば自分と関わったのはほんの僅かな期間だった。
紅林は無精ひげを撫でて苦笑する。
――なんだ、ちゃんと感傷に浸れているじゃないか。
「先生

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