先生と豚⑤
翌朝、登校してきた菊本の顔にはシップが貼られていた。輪島やその仲間に殴られでもしたのだろう。紅林は罪悪感を覚えたが、教室内で菊本と接触するのは目立ちすぎる。放課後にでも声をかけようかと思う。本当はすぐにでも謝りたい気分だったが、それをすると柿崎が黙っていない。誰を巻き込んでも文句を言うなと釘を刺されたばかりだ。
紅林はため息をついて窓際の席につく菊本を見やった。
その日の菊本の机には花瓶に入れられた花が飾られていた。
確か昨日は陰湿な落書きだったことを紅林は思い出す。おとといは――と思いを巡らせかけて馬鹿らしくなった。
(毎日毎日、飽きない奴らだな)
菊本が花瓶に対してどんな反応をするかクラスの連中は嫌な意味で見守っていた。くすくす、ひそひそ、と囁かれる言葉を毎日聞かされる第三者の身にもなってほしい。日々を円滑に過ごすためにクラスの連中とはある程度の付き合いを保っていたが、早く縁を切りたいものだと紅林は常々、心底願っている。
だからと言ってあえて菊本の味方につけない自分も紅林は嫌いだった。
菊本の犠牲の下に紅林の生活は成っているのだ。
(先生の言うとおりだな)
誰も傷つけずに生きる人間がこの世にいるのか、という柿崎の言葉が頭の中でゆっくり回った。
(俺も結局はクラスの奴らと変わらない)
紅林は自嘲して僅かに笑む。
(だったら、とことん自分のために生きてやるさ)
そのための罪悪感も全て受け入れて、ただひたすらに冷静に目前の私欲を見つめてやろうと紅林は決意した。
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