リーダーシッブ開発の成功
1.単発の能力開発プログラムの実施を見直す
リーダーの能力開発プログラムは、単発の取り組みとしてではなく、計画された一連の能力開発の一環として位置づけられていると回答した日本の人事の担当者は、わずか33%しかいませんでした(グローバル49%)(グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2014|2015)。日本の人事担当者の約7割は、リーダーシップ開発プログラムを、単発で実施しているのが現状です。
また、グローバル全体の中で、人事/人材管理の責任範囲が3カ国以上におよぶ企業、すなわち多国籍企業におけるリーダーシップ開発の阻害要因を調べたところ、最も多かったのは、「組織全体でリーダーシップ開発の取り組みが多様すぎて一貫性がない」(40%)という回答でした(グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト2014|2015)「多国籍企業における明日のリーダーシップ課題に向けて」より)。
そのうえ、第1章でも触れましたが、自社の能力開発プログラムの質を高いと回答した日本企業のリーダーは、わずか19%でした。結果として、リーダーシップ開発プログラムの実施に投資をしているにもかかわらず、将来的な人材の供給体制が整っていると回答した日本の組織は、わずか6%で、日本のリーダーの準備度は悪化しています。
これらのデータから分かるように、単発のリーダーシップ開発プログラムをどれだけ実施しても、リーダーの質は改善されないということです。
実際、日本企業は、さまざまなリーダーシップ開発のプログラムを実施していますが、コンテンツ重視の傾向が強く見られます。例えば、「フィードバック手法が流行っている」「○○会社が導入しているからやってみたい」「他社は何をしているか知りたい」など、ハウツーやトレンドに飛びついている企業も少なくありません。一つひとつのコンテンツは、どれも悪くないでしょう。しかし、この方法を続ける限り、「世界で勝てるリーダー」を育成することはできません。
人事は、単発で実施しているリーダーシップ開発プログラムを見直す必要があります。そして、事業戦略を踏まえ、計画されたリーダーシップ開発一連の取り組みの中に、プログラムを組み込んでいくという、一貫性のあるやり方に変えます。リーダーシップ開発の方法を変えることによって、リーダーの質は高まります。
2.リーダーシップ・パイプライン
「リーダーシップ・パイプライン」とは、会社のビジネスをドライブさせて企業の成長を導くリーダーを組織全体で体系的に育成していく考え方です(図表19)。
ボトム(一般社員レベル)からトップまで組織の各階層・世代間で途切れることなく、連続的にリーダーを輩出するための仕組みです。昇進による移行期(トランジション)のリーダーシップのチャレンジを、うまく乗り越えられるようにサポートしていくものです。
従来の日本企業のアプローチは、新しいポジションに就いたときのチャレンジについては、心構えや意識づけ(マインドセット)といった、属人的努力に頼っていました。リーダーシップ・パイプラインの考え方に基づくこの仕組みは、リーダーとしての能力開発を組織的に加速させていく考え方が基本となっています。
リーダーシップ開発を進めるうえでは、リーダーシップの移行期における課題を、いかに失敗することなく乗り越えられるようにするかがポイントです。そうすることによって、新しいポジションで成功するリーダーを速く育成することができます。
移行期におけるリーダーシップ開発の解決のヒントになるのが、リーダーシップ・パイプライン・モデルです。これは、一般社員、初級・中級管理職(係長、課長)、上級管理職(部長、事業部長)、経営幹部(事業統括部長)、最高経営幹部(CEO、社長、業務執行役)へと、段階を経てリーダーとして成長していく中で、移行期において直面する課題を明らかにし、移行期のチャレンジを乗り越えるためのリーダーシップ開発をサポートするものです。
ポイントは、各移行期において、新しいポジションでの責務を全うするために必要な能力(コンピテンシー)・スキルを効果的に学習し、リーダーシップ・パイプラインの前のポジションでのやり方から脱却し、新しいポジションに求められるリーダーシップを満たしていくことができるようにリーダーシップ開発を加速させていくということです。
図表19のリーダーシップ・パイプラインについて、簡単に概要を説明します。
①ビジネスニーズを理解する
リーダーシップ開発の施策を考えるときは、自社のビジネスの方向性や事業戦略を理解し、そのうえで、「将来のビジネスの成長に向けて、リーダーに必要なリーダーシップ」は何か、リーダーシップ開発の目的を明確にすることがスタートです。
日本の会社の人事の方にお会いして、いきなり「コーチングのスキルを上げたい」「フィードバックの研修をしたい」という話が始まると、残念に感じます。本来は、ビジネスニーズを踏まえたうえで、「どういうリーダー人材を輩出したいのか」という大きなゴールがあり、そこからトレーニングを含め、リーダーシップ開発の施策が検討されるべきです。人事が、まず話し合うべき相手は、コンサルティング会社ではなく、社内のビジネスラインや経営層です。
②各階層の機能を整理する
リーダーシップ・パイプラインは、各階層におけるリーダーシップの機能を整理するうえでも有効な考え方です。
一般社員が仕事の関係者に影響力を発揮しながらビジネスを成功させるために必要なリーダーシップ、初めて正式に部下を持ち「人を通じて成果を出す」初級・中級管理職の機能、初級・中級管理職を通じて戦略を実行レベルにまで落とし込み戦略を結果につなげていく上級管理職、戦略の策定と実行に責任を持つ経営幹部、そして企業の方向性を決定し会社をドライブする最高経営幹部と、大きくリーダーシップの機能を整理できます。
そのうえで、リーダーシップ・パイプラインすべてを充足していくために、必要となるリーダーシップ要件を明確にし、リーダーシップ開発を体系的に構築します。そうすることによって、一貫性のあるリーダーシップ開発が可能になります。
3.「準備度」の診断
リーダーシップ開発は、自己の現状(リーダーシップの強み・弱み)を正確に認識できていると加速することができます。個人にとって必要なリーダーシップ開発の優先事項を明確にすることができるので、効率よくリーダーシップ開発を行うことができるからです。
準備度というのは、「新たなポジションに就く準備」がどのくらいできているかということです。新たなポジションに必要なリーダーシップ要件(リーダーシップ・コンピテンシー)をどのレベルまで保有しているかを事前に診断することによって、新たなポジションに就くための、能力開発の課題が明らかになります。
ただし、準備度の診断自体は、能力開発を加速させるための気づきにすぎません。気づきだけでは、リーダーシップ要件を満たすようにはなりません。その気づきを踏まえた能力開発が必要です。
診断後に、リーダーシップ開発のための施策を計画し、新たなポジションでリーダーとして成功できるように学習の機会を提供します。「診断(気づき)」と「能力開発」は、車の両輪にたとえることができます。準備度の診断と能力開発の両方を行うことによって、リーダーシップ開発を加速させることができるのです。
日本の人材育成は、根本のところに、「ポジションに就いて、良い経験をすればリーダーは育つ」という考え方が根強く残っています。「グローバルポジションのリーダーシップ要件」は、従来のビジネスで成功するために必要なリーダーシップ要件とは大きく異なります。
準備度を事前に診断し、自己の現状についての気づきが深まったからといって、リーダーシップ開発を行わないまま、そのポジションに就けるのは、ビジネスにとっても、そのチームのメンバーにとっても、そして本人にとっても、大きなリスクを抱えることになります。
この難しい時代に、ポジションに就いてから初めて新しいリーダーシップの在り方を学ぶのでは、ビジネスの成功確率が低く、リーダーの育成のスピードもトライアンドエラーの繰り返しになり、非効率です。
リーダーを選考する上位の管理職には、候補者の準備度を把握したら、準備度を高めるための能力開発計画を一緒に策定し、その実行をサポートし、候補者のリーダーシップ開発を支援する責任(アカウンタビリティ)があります。
4.旬の時期に旬の経験をさせる
世界で戦うことができるリーダーを早く育成するには、若い世代からハイポテンシャル人材を特定し、旬の時期に旬の経験をさせ、成長を促す必要があります(将来のポストを確約するわけではありませんが、ジョブアサインをして成長の機会を提供します。そこで、これまで経験したことのないような挑戦的な課題に、結果が出るまで取り組ませます)。
日本企業も、近年、リーダーシップ・パイプラインのかなり下の層まで、ハイポテンシャルプールをつくり、特別に企画されたリーダーシップ教育を、若いうちから行う動きがあります。試行錯誤しながらも、横並びの民主的アプローチを壊していこうという会社が増えつつあります。
大事なことは、リーダーシップ教育の一環であっても、トレーニングとジョブアサインで終わらせるのではなく、ヒジネスの結果まで見届け、測定・評価することを忘れないということです。
海外では30~40代のCEOも珍しくありません。日本企業においても、早い時期からハイポテンシャル人材を特定し、リーダーとして育てるべき人材の早期育成が成功すれば、30代で重要ポストに就く人材が出てくることも夢ではありません。リーダーシップ・パイプラインのすべての層で、体系だったリーダーシップ開発を行うことで、強いリーダーを継続的に輩出することが可能になります。
また、ハイポテンシャル人材のさらに上をいく“スーパーハイポテンシャル人材”を見出すことも重要です。日本企業では、ハイポテンシャル人材を選抜・特定しても、その中でさらにスーパーハイポテンシャル人材を差別化することはしていません。結果として、スーパーハイポテンシャル人材が普通レベルのハイポテンシャル人材の中に埋もれてしまい、スーパーハイポテンシャル人材の成長のスピードが損なわれてしまう可能性があります。
人事には、スーパーハイポテンシャル人材の早期育成を別プログラムで実施していくことを、検討してもらいたいと思います。スーパーハイポテンシャル人材のリーダーシップ開発は、自社の中だけでなく、世界の一流のリーダーと仕事をする、学びあうといった他流試合の経験をさせることで、さらに成長が加速することが実証されています。
5.MBAの落とし穴
ハイポテンシャル人材がMBA取得後、ビジネスに戻ってからどのような仕事の機会を与えてリーダーシップ開発を行うか、能力開発計画の一環に組み込むことが大事です。
海外では、MBAを取得後、ねらったポジションに就くケースがほとんどです。しかし、日本企業では、 MBA取得後、日本に戻ってからの仕事のアサインがはっきりしないことがよくあります。MBA取得後、仕事の中でどれだけストレッチした業務をアサインし、その経験を通じてリーダーシップ開発の機会を得られるかが重要です。
海外で学び、刺激を受けて戻ってきたハイポテンシャル人材は、学習したことを活かせるポジションに就けなかった場合、優秀な人材であればあるほど、成長の機会があり、キャリアを描ける会社に転職してしまうリスクがあります。
会社として投資すると決めた以上、能力がどれだけ伸びたか、ビジネスにおいては、どれだけの結果を出したのかについて人事は測定・評価し、リーダーシップ開発プログラムの効果性を検証するべきです。当事者にとっては、自分の成長と結果がわかることは、次への成長意欲が喚起され、組織と仕事へのエンゲージメントも高まります。
MBA取得後に、成長の機会があるジョブアサインをすることは重要ですが、期待どおり、またはそれ以上の結果を出せるようにサポートすることも欠かせません。挑戦的な役割を付与するのですから、いくらハイポテンシャルな人材だとしても、本人任せにするのではなく、コーチングやフィードバックを提供し、本人の成長と成果の両方が達成できるように支援を継続的に行う必要があります。そのためにも、ハイポテンシャル人材には、その対象者と親密な関係を築き助言を与える役割であるメンターと、対象者である部下のために労を惜しまず昇進を後押しする役割であるスポンサーの両方を組織として準備する仕組みを整えることで、これらの問題を軽減することができるようになります。
6.おすすめ人材アセスメントソリューション
7.グローバルポジションを獲りにいく
グローバル企業において、日本人は優秀な部下にはなれるが、グローバルポジションはとれないという事態が起きつつある。外国人、とりわけアジアの優秀なリーダーたちが、日系企業の重要ポジションを占め始めている。このままでは、日本人はグローバルはおろか、国内でも重要なポジションをとれないことが危惧される。
日本企業では、なぜリーダーシップ開発が停滞しているのか。グローバルポジションをとれるリーダー人材は、いかにして輩出されるのか――。
日本人のリーダーがグローバルで戦うために世界基準で獲得すべきリーダーシップスキル、及びリーダーシップ開発成功の要諦、人事が起こすべき変革、経営のコミットについて、具体的事例とリーダーシップに関するグローバル・データを織り交ぜながら解き明かす。
8.会社概要:株式会社マネジメントサービスセンター
創業:1966(昭和41)年9月
資本金:1億円
事業内容:人材開発コンサルティング・人材アセスメント