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能力主義は平等か?②固定化される階級社会🥺

能力主義では、実は格差は固定化されます。
マイケル・サンデル教授は格差改善についてどのように考えているのでしょうか?


アメリカの大学は一般的に「志願者のすべての要素を考慮する」という手法で選抜を行っています。
専門家が分析した結果、「ALDC」という優遇区分が明らかになりました。

運動選手、卒業生の子どもや孫、学部長が推薦するリスト、教職員の子どもの頭文字を取った言葉です。
しかも、近年選抜はむしろ客観的指標から離れていく傾向にあります。

米国では長く大学進学適性試験「SAT」などの共通テストの成績が選抜の要素のひとつになってきましたが、考慮をやめる大学が増えています。
客観的な指標を取り除くことは課外活動や推薦状などの重要性を高め富裕層をさらに有利にしかねないと思われます。


サンデル教授は、能力主義的な成功概念の中核を教育と労働においています。


以下本文より

「アメリカの高等教育は社会的流動性の推進力にはなっていません。かつての世襲的な貴族階級にかわって能力主義的エリートが新たな特権を手に入れ居座って子どもに自らの特権を受け継がせています。

しかも子どもたちは「がんばれ、結果を出せ、成功せよ」という絶え間ない圧力を受け、「完璧主義」という病にかかっています。

大学教育の内容も競争的能力主義の基礎訓練の場と化し学歴授与機能が肥大化して教育機能を圧倒しています。

高等教育の役割を再考する方法として次のような改革案を提案しましょう

1,ハーバード大学やスタンフォード大学などの難関大学で、一部の大学教育についていけない出願者を除いてくじびきで合格者を決める。偶然にまかせることで能力主義の専制を挫くことを狙います。

2,公立の4年制大学の、間口を広げ、コミュニティ・カレッジ、専門・職業教育、さらに職業訓練への支援を手厚くする。

3,有名大学に入った学生に大きな栄誉と威信を授けるのをやめる。道徳教育、市民教育の場を4年制大学だけに限定せず開かれたものにする。」

では労働はどうでしょうか?

「グローバリゼーションは高学歴者に豊かな報酬をもたらしましたが、ほとんどの一般労働者に何ももたらしていません。大企業のCEOの収入は平均的な労働者の300倍となっています。能力主義は労働の尊厳をむしばんできたのです。

アメリカでは、労働事情がわるくなるにつれて労働市場から脱落する人が増え、さらに「絶望死」する人が増えています。自殺、薬物の過剰摂取、アルコール性肝臓疾患などによる死亡の蔓延が学士号を持たない人々の間で起きています。この原因は貧困だけでなく、人間としての尊厳が奪われたことによるのです。
労働は生計をたてる手段であると同時に社会的承認と評価の源です。能力主義社会によってその承認と評価が失われたのです。

人間は消費者として生きているだけでは満足できません。自分が所属している社会から必要とされ、自分の能力を発揮できる仕事をもってこそ幸せを感じるのです。

そのための政策として保守的な方向として、労働者が安定して家族とコミュニティを支えるのに十分な給与を得られる職に就けるようにする政策として、たとえば低賃金労働者への賃金補助を。
進歩的な方向としては、金融に対して、投機の抑制と生産的労働の賞賛によって評価の経済を立て直す。具体的には、たとえば給与税を減税し、金融取引税を導入して、税負担を労働から消費と投機へ移す。」


サンデル教授は言います。

「労働の尊厳を回復するためには、われわれの経済システムの土台にある道徳的な問いに取り組むことが必要です。どういう種類の労働が承認と評価に値するかを考える時、大切なのが確固とした共同体意識です。『ここでは誰もがともにある』といえる市民としての連帯意識がない限り労働の尊厳は回復できません。」



コロナウィルスの流行時、多くの国民がスティホームする中、医療関係者、教員、保育士宅配業者、スーパーの店員など多くのエッセンシャルワーカーが私たちの生活を支えてくれました。
しかし、これらの職種は決して給料が高いわけではありません。
このような労働こそ社会的にも高く評価されるべきでしょう。

1980年代以降の新自由主義政策で貧困と格差は拡大する一方です。
新自由主義の欠陥を新自由主義的手法で解決しようとして個人主義、能力主義を徹底しても格差は開くばかりです。

能力主義は社会的流動性を高めることをめざすだけで、社会の不平等をなくすものではありません。

労働の価値を見いだし、誰もが、社会の一員として、職業を通じて社会に貢献し、出世しようがしまいが、ふさわしい報酬を得て、尊厳と文化のある生活ができるようにしていかなければならないと思います。


執筆者、ゆこりん

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