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からだとこころのコリをほぐそう。


最近は、

山口創 氏 
(やまぐち はじめ/早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は、臨床心理学・身体心理学。主な著書に、『手の治癒力』(草思社)、

本を
よく読んでいて、



著者が執筆される内容(身体、ホルモン、手当てなど)に
関心、興味があり、

素人なりに納得だったり、
目からウロコだったりしながら
拝読しているのだが、


今回
こちらの本がおもしろかったので、
文章を一部抜粋していく
備忘録記事にしたい。






▷ はじめに。


わたしがそもそも
山口氏の本を手にとったのも、

「体と心って、おもしろいな!」と
日々思うことだらけであり、

その分かりやすい1つの出来事を
少し書きたい。



以前、
職場にAさんという上司がいて、

わたしはそのひとと、
ものの5分も話すと

ドッと疲れていたんです。(汗笑


だいたいは
立ちばなし程度に、仕事のアドバイスを
もらうかたちがパターンであった。


そんなある日、
いつものように
Aさんからアドバイスをもらったあと、

その日もやはり
ものすごく疲れたんですね。(笑
ズドォーン!!!みたいな疲れ。


まぁ、たのまれてもないのに
勝手に変に気をつかっていたので
そりゃ疲れるわな、と
じぶんでは解釈していたのですが、

その日は、
ちょっとその疲れが気になったんですね。


『いくらAさんに気をつかって、上司だからって緊張するとはいえ、こんなにも疲れるのは、どうもおかしいな』と思ったのです。


わたしは
Aさんと話しているときの、じぶん自身のことを
思い返してみたのです。


すると、

Aさんと話しているときの
じぶんの肩が、妙にあがっているなぁって、
なんとなく思ったんですね。
軽くいかり肩みたいになっているというか。


左右の手の指は
手持ちぶさたで
おなかのまえで組んでいる。

その組まれた指にも
グッと力が入っている
のにも気がついた。


ようするに
Aさんと話しているときのわたしは

両方の肩がグッとあがり、
そこから下がる腕と、
その先の組まれた指先も

グッと力が入った姿勢で

話しをしていたのである。


それに気が付いたわたしは
合点がいった。

「そりゃ、疲れるわな!」と。


Aさんと話すと緊張する、というよりは

体が先に固くなっていたのだ、と思ったわたしは


つぎにAさんと話すときには

肩に力が入らないように気をつけ、
手はだらりと楽な姿勢でいようと意識した。


すると
Aさんとの会話後、

いつものような疲れは
なかったんです。


わたしは
体に向かって言った。

「なーんだ、そうゆうことだったのね」と。


(たぶん、以前Aさんに仕事の無茶ぶりされてから、
話すときに身構えるようになっていたのだと思う…(汗笑 )




楽でいる。
リラックスしている。

これって本当に、大切なんだな!と
思えた出来事でした。



そんなこんなで
身体・人体の仕組みに興味があって

今回、手にとった『からだとこころのコリをほぐそう 身体心理学入門/山口 創/川島書店 2002,10出版』、

個人的に
興味深かった箇所となっています。


▷ 以下、本文より。


ある姿勢をとり続けることからある特定の情動や行動が出てくる可能性があるということだ。これは後述する<ジェームズ・ランゲ説>である。
そこで前屈みの姿勢をした人の姿勢をアレクサンダー・テクニーク(※)によって改善するとしよう。このとき、たいていの人は非常に当惑する。それは自分がこれまで習慣的にやってきた人との関わり方が、新しい姿勢ではできなくなってしまうからである。昔やっていた姿勢というのは、ある感情は表現できるけども、新しい姿勢では同じ感情を表現することができないから当惑するのである。

※身体の正しい用い方を重視したマティアス・アレクサンダーがつくったボディー・ワーク。

からだとこころのコリをほぐそう。P41

おもしろい!


ボディ・リーディング

アメリカ人のロン・クルツとヘクター・プレステラが開発したボディ・ワークである。彼らは、身体のあり方というのは、その人がこれまでにたどってきた感情の歴史、すなわち性格を物語っていると考えた。つまり、身体からその人の感情や性格を読みとることができると考えたのである。アレクサンダー・テクニークよりも、感情や性格といった内面的なものをより重視している。感情というのは常に筋肉の活動を伴うものである。自由な身体には全体にわたって自由な感情が流れているが、その感情の流れが心のはたらきによって分断されることがある。これが長い年月にわたってくり返されると、腹や胸、性器、腕、脚、その他の身体の部位にエネルギーがブロックされ、やがてその部位に生じる衝動に気づかなくなってしまうのである。

からだとこころのコリをほぐそう。P42

へーー。


野口体操

野口の身体の見方というのは、身体は<液体>だという考え方である。「身体の基本的な構造は、皮膚という薄くて柔らかく伸び縮み自由な袋の中に液体がいっぱい満たされている。その液体に骨や筋肉・内臓・脳などが浸され、浮かび漂っている」と述べている。

からだとこころのコリをほぐそう。P43

液体!!!

まぁ、体の60%は水分らしいしな。
内臓は何にも固定されてないしな。



悲観主義の男性たちは、楽観主義の男性たちよりも、早い時期に重い生活習慣病に罹っていた。45歳になったときには、健康状態にかなり大きな差がでてきた。45歳になると男性は肉体的に下降線をたどりはじめるが、それがどれほど早くしかも急に衰えるかは、20年前の悲観度によって予測できることもわかった。総合的に判断すると、「60歳のときに健康でいられるかどうかは、25歳のときに楽観的だったかどうかと密接な関連だある」ということがわかったのである。

からだとこころのコリをほぐそう。P64

にじゅうごさいのときぃ?!
それ早く言ってよ。



腰というのは、クレーンの要のような部分なので、腰を曲げて下を向くと、状態の重さが一点に集中してしまうため、腰への負担が非常に大きいのである。 そしてなにより大切なのは、ある動作をするときに、じぶんの身体に語りかけることである。重いものを持ち上げるときは、「さあ、これからすごく重いものを持ち上げるぞ」と全身に言い聞かせる。話しかけて納得させることが大事だ。頭からつま先まで、全身に納得させた上で、腰を下ろして膝を曲げ、荷物は体に密着させてゆっくりと持ち上げる。

からだとこころのコリをほぐそう。P94


わたしはコレやってる。(笑

冷たい飲みものしかないときとか、
「冷たいもの飲むね!」と体に話しかけて
準備する。(笑
胃が弱いもんでね。。。



歩き方を意図的に変えることで、性格、とまでいかなくてもそのときの気分も変わるのである。鈴木ら(1996)の研究では、<内股>や<外股>で歩くことが心にどのような影響を及ぼすのかについての実験をおこなった。ふだんは<外股>で歩いている人を<内股>で歩かせると、「正気がなくなり」「弱々しく」「内向的になる」といった気分になることがわかった。それに対して、ふだんは<内股>で歩いている人を<外股>で歩かせると、「力強く」「外交的な」気分になった、という興味深い研究もある。

からだとこころのコリをほぐそう。P110


たまに冨永愛になりきって
道を歩くことを
意識的に取り入れてたりする。(笑

胸を張って大股でさっそうと歩くのである。

これをやると「この姿勢では “ 悩めない ” な」
と思うのであり、
実に体とは面白いものである、と思う。



落語で1回笑うと3週間は膝の痛みが楽になった~略~

からだとこころのコリをほぐそう。P121

3週間も?!

とにかくみんな笑おう!



人の身体は、個体のように思われているが、実は身体の成分の約9割は水分である。野口体操の創始者、野口三千の<体液主体説>によると、筋肉が緊張していない、解放された状態の身体は、液体に近いものであると考えられている。人間がもともと骨や筋肉・内臓が休んでいる状態が基本状態であり、その流動的な状態こそが、身体のもっている柔軟性や対処可能性を生み出すのだと主張している。このような状態の身体でいるとき、人は相手の感情がすぐに自分の身体に届き、身体は共振し、そこから同じ感情が生まれ、またそれが人に次々と伝播していくのではないかと考えられる。硬くこわばった身体では共振しないのである。

からだとこころのコリをほぐそう。P166


共振…ほほーう。


江戸時代の貝原益軒の『養生訓』の中に、<身を保つ>ということが書かれている。江戸時代には<健康>ということばはなく、それにあたるのが<身を保つ>であった。そして<身を保つ>ためには、「身を動かせ」といっている。<身>というのは序章でも述べたように、<身体>だけでなく、<心>も含まれている。つまり、身を動かすというのは、体を動かすだけでなく、人と話したり、芸術に触れたり、山や花といった自然に感動する、といった<心を動かす>ことも含まれているのである。

からだとこころのコリをほぐそう。P201


体を丈夫にすればいいというもんじゃない。
散歩したり、歌をうたったり、ペットと遊んだり。
それが健やかさだなぁと思える。


仏教の考え方では、人間の生命の中には最初から、四百四病の原因が内包されていると考える。病気というのは、無から出てくるわけではない。人が生まれたときからかかえてきたものが、その人の身体の状況や周囲の変化の中で、出たり引っ込んだりする。

からだとこころのコリをほぐそう。P202

四百四病……


心と身体の共生のためには、両者の間の対話の回路を作ることが条件である。そのためには、身体の抹消まで大切にすることである。人間にとって、身体の中でも、中心になる脳や心臓が大事なのはもちろんであるが、指、足の裏、皮膚、耳などの抹消部も同じように大切なはたらきをしているのである。
~中略~ 足の裏を心をこめて揉む、顔や手をこする、そういうことをずっと続けることが大事だ。ふだんの立つ姿勢も気づくたびにチェックし、歩き方、座り方、腰の曲げ方、小さな行動1つ1つに注意を集中して心をこめておこなう。そうしていく中で、心と身体の対話ができるようになり、回路が開かれていく。すると身体のほうが発してくる信号にも気づくことができるようになってくるのだと思う。

からだとこころのコリをほぐそう。P204


そういうことが、大切なんだな。



▷ 体へアプローチしよう。



身体って、

“ 複雑難解な仕組みさ ” と背中合わせに、
“ 実はシンプルな仕組み ” であるのが分かり、


“ 人体 ” が装備している奇跡みたいな底力のようなもの、
かと思えば、はたまた、
手っ取り早い朝飯前みたいな健やかさへの方法があったりと、

おもしろくてしかたがないって思うんですよね。


とくにここ数年、
人体の謎を探求しているわたしですが


この本を読んで
日々の体へのアプローチを
さらにいろいろ試してみたいと思え、

実践して
よい体感を得られたら

また記事にしたいと思う。


☕︎ Have a nice day! ☕︎☆彡

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