その場所 (The place, Francis Ledwidge )私訳
その場所(口語訳)
わたしが散らした五月や
すくひ上げた水色のやうに花は老いる
悄然とする冬の日々や
風に枯れる三月も知らず―けれど夢みる
長い冬の間ロオレルの枝は
天の伽藍をしづかに抱く
海の向かうから鳥達が戻り
四月の虹にクロウタドリが歌ふまで
戦争が終はつたら
わたしはリュートを取り下ろし
茂みの内よりささめける歌を再び歌ふだらう
愛するものよ鳴りいだせ
それはクロウタドリの黄昏のうた
つゆに濡れにし花のいろ
けれど今は長き冬にてさびしければ
だうか神よ クロウタドリの歌を再び聴かせよ
その場所(文語訳)
吾が散らしたる五月や
すくひ上げたる水色のごと花は古りぬ
悄然とする冬の日々や
風に枯るる三月も知らず――されど夢見む
冬の長きにロオレルの枝しづかに
天の伽藍を抱きたる
海を越えにし鳥みな戻り
四月の虹にクロウタドリ歌ひだす
さればいくさの終はりしときは
吾はリュートを手に取りて
茂みのうちよりささめける歌をばふたたび歌はむか
愛するものみな鳴り出だせ
そはクロウタドリの黄昏のうた
つゆに濡れたる花のいろ
けれども今は長き冬にてさびしければ
だうか神よ クロウタドリの歌をふたたび聴かせよ
The place
Blossoms as old as May I scatter here,
And a blue wave I lifted from the stream.
It shall not know when winter days are drear
Or March is hoarse with blowing. But a-dream
The laurel boughs shall hold a canopy
Peacefully over it the winter long,
Till all the birds are back from oversea,
And April rainbows win a blackbird's song.
And when the war is over I shall take
My lute a-down to it and sing again
Songs of the whispering things amongst the brake,
And those I love shall know them by their strain.
Their airs shall be the blackbird's twilight song,
Their words shall be all flowers with fresh dews hoar. –
But it is lonely now in winter long,
And, God! to hear the blackbird sing once more.
Anuna When the war is over
アイルランドのコーラスグループ・アヌーナの「When the war is over」はFrancis Ledwidgeの「The place」のテキストを歌詞に使用した歌です。タイトルは第二パラグラフ冒頭から。
曲の歌詞もLedwidgeの詩の第二パラグラフを主に使っています。(参考)
補足
第二パラグラフの”愛するものよ鳴りいだせ”の原文は"And those I love shall know them by their strain."。
strainは名詞としては曲、詩歌などの意味で動詞としては綱などを張るという意味があります。この箇所の前段ではリュート(弦楽器)が出てくること、またこの後に"Their airs ~""Their words~"と続くことから「愛するもの」はみな自ずから弦を震わせ歌い出し、戦争が終わったことに気付く……そんなイメージで解釈しました。
その一行前、"茂みの内よりささめける歌を再び歌ふだらう"としていますが、原文では「Songs of the whispering things」。主体の「愛するもの(those I love)」は誰かの声をかき消すような、朗々と響く声など持たぬ(持てぬ)存在です。
なお「Songs of the whispering things」はアヌーナのアルバムタイトルにもなっています。このアルバムはFrancis Ledwidgeのテキストをモチーフにした曲のみで構成されており、以下にspotifyのリンクを張っています。
詩は「Songs of peace」に収録されています。この詩集はレドウィッジの死後にダンセイニが編んだものですが、「バラックにて(IN BARRACKS)」「キャンプにて(IN CAMP)」「エジプトの病院にて(IN HOSPITAL IN EGYPT)」……等と章立てされた、作者の従軍中の体験(Ledwidgeは第一次世界大戦に従軍、戦死しています)をベースに作成された作品を多く収録しています。
この詩集では、「the place」の次に「May」が収録されています。「わたしが散らした五月」。
詩の最後で今はまだ冬(戦時)であることが判明し、主体にとって「whispering things」の歌はまだ聞こえない状態であるとわかります。
しかし読者の中にはむしろ、クロウタドリの歌や「whispering things」が歌いだす、その歌のイメージが強く残るのではないでしょうか。このあたり、和歌の「見せ消ち」のような演出をしているなと思います。
冬とは戦時中であり平和とは春なのだ……というイメージは「May」とも共通しているように思いますが、一方でこの詩の中で五月は主体の手によって散らされ、すくい上げた水の色と並べる形で枯れゆく花に例えられるなど、その儚さが強調されています。
当初は文語で訳しましたが、戦争が終わったら……という願いは今なお切実なものだろうと思ったことから、対訳詩集では口語版を収録しました。
詩集の頒布状況については上記リンクを参照ください。