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掌編というより小片と言いたい

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雨の日にはキャンディを

雨の日にはキャンディを

 それが、雅巳なりの駄洒落だと気づく頃には、もう遅かった。
 雨が降りそうな日、雅巳はいつもキャンディを僕に差し出した。
「もう直ぐ降るから」
 なんで用意しているんだよ、とか、折り畳み傘の一つでも出してくれたらいいんじゃないの、とか、言いたいことは山ほどあるけれど、全部飲み込んで差し出されたキャンディを受け取った。見慣れた棒付きキャンディ。乱暴にフィルムを剥いて口に含めば、人工的なグレープの味が

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金魚鉢とラズベリー

金魚鉢とラズベリー

 いつもそこにあったのに、なぜかその日は、それが目について仕方がなかった。
 家の庭に置いてある、木製の棚の一番下の段、ずっと放置されたそれは、砂埃で薄く汚れて、汚らしかった。それなのに傷ひとつついていない。指でつう、となぞれば、私の指の太さのラインが、砂で薄汚れた表面に引かれた、そのまま曲線を上へとなぞり、淵の波をゆるゆると撫でていく。なんともまあ、可愛い形状。抱えてみれば、すっぽりと両腕に収ま

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それはこの世界で一番簡単な奇跡

それはこの世界で一番簡単な奇跡

例えば、私がシンデレラだとすれば、ガラスの靴をもらって、お城に行けばいい。人魚姫なら、嵐の夜に、船から落ちた男性を助ければいい。白雪姫なら、森で小人の住む小屋を見つければいいし、ラプンツェルに至っては塔からの脱出を諦めなければ良い。

 そんな簡単なことなのに、「運命の人」に出会うのは、どうしてこうも難しいことなのだろう。電車に寄り添うように、背を預け、ぼんやりと考える。
 例えば、だ。シンデレラ

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独り身オタ子の青い春

独り身オタ子の青い春

 青春とは綺麗に言ったもので、結局のところ病と大差ないのだろう。渦中はそれが世界の全てだと思い、過ぎ去った後は免罪符になる。あの時は青春だったのだと、レッテルを貼って仕舞えば、綺麗なまま取っておける。綺麗な、病気だ。
 そんなことを一人でぼやく私も、例に漏れず、青春という病の患者だ。厭な事に、本当に厭な事に。
 それを自覚したのはいつだったか、多分、心待ちにするようになってからだろう。彼のS N

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おなじもの

おなじもの

 私たちは、いつも二人で遊んでいた。
 お爺様の家の時計は、家の大きな柱にも負けない、大きくて立派な木でできている。鈍い金色をした振り子が、ガラスの向こうで大きく、規則正しく揺れていた。
「この振り子にしがみ付いて遊べたら、きっと楽しいと思うわ」
 大きな目で振り子をじっと眺めながら、沙耶が言った。
「ガラスを壊して仕舞えば、遊べるかしら」
「駄目だよ」
 私がそう言えば、沙耶は大きな目をゆるりと

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愛した姿はそこになく

愛した姿はそこになく

 この部屋が昔、音楽室として使われていたことは、ほんのつい最近知った。よくよく見れば、錆かけの本棚の中に、薄汚れた楽譜が何冊か、積み重なっている。まあ、そんな物を見つけていたところで、きっと私は全部先輩の持ち物だと、勝手に勘違いしていただろう。片足の無い机の上に置かれた電気ケトルも、棚の中に置かれたオルゴールも、なんだかよくわからない分厚い本も、全て先輩の物なのだから。
「祖父の教え子がね、この学

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ハル、ノ、アワユキ

ハル、ノ、アワユキ

 雪は冬の、なんていうけれど、実際のところ一番雪が降るのは冬と春の境目だと思う。急に寒くなった室温に体を震わせ、真冬に比べて少し心許ない掛け布団に身を包んでカーテンを開けた。

 ああ、やっぱり。雪が降っている。

 着替えるのも億劫だったので、ずるずると布団を引きずったまま、ヤカンに水を入れ、コンロにかけた。そのまま、お湯が沸くまでぼんやりと、窓の外を眺めていた。

 平たくて大粒の雪は、風に吹

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この世界に杭を

この世界に杭を

 この世界は言葉であふれている。
 人を認める言葉、人を否定する言葉、人を救う言葉、人を傷つける言葉、力強い言葉。
 感情、空気。そういった言葉で柔らかくされているけれど、結局のところ、強者が弱者を縛り付けるものでしかない。

「あ、また飲み込んだ」
 アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、篤史が言った。
「飲み込むって?」
 先ほど食べたサンドイッチのことだろうか。そんなに、食べるのが早かっ

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名付けることもないほどの些事

名付けることもないほどの些事

 この関係に、言葉なんていらなかった。

 夏休みの終わり、8月の第3日曜日。住宅街の大通りを塞き止めて、車の代わりに人を流す。歩道には似たような屋台が並び、小中学生が我が物顔で溢れ返る。所謂地域の、ありきたりな夏祭り。

 小さい頃は、それこそ道のあちこちに宝箱が並んでいる気分だった。例えばシロップかけ放題のかき氷。或いはじゃんけんに勝つと二つもらえる、つやつやのフルーツ飴。当たりはないと噂のく

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意味のないモノローグ

「松葉」

茜の呼び声に応じるようにして、顔を起こす。短いキスと、肌の温もり。一瞬だけ触れて、彼女は再び自分の世界に戻った。

この行為に意味はない。

茜にとって、"キスをすること"は本当に些細なことなのだ。例えば、辞書を引いて言葉を調べるように。絵描きが、デッサンをするように。小説家や漫画家が取材旅行と言って海に行くように。恋とか、愛とかは関係ない。気になったから、するのだ。そのために、定期的

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骨時計の約束

 旧校舎の二階。扉を開けると水を吸った木の匂いと、たまったほこりの匂いが鼻腔を擽る。開かずの棚の道の奥。二つ並べた古びた机の寝台。そこがあいつの特等席。
「寝てんのか」
 窓から差し込む、午後の日差しを浴びながら、あいつはゆっくりと顔をこちらに向けた。
「起きているよ。お前の足音は騒がしい」
「じゃあそれらしくしろよ」
 ん、と小さく返事をして、友瀬は体を起こした。足の高さが不ぞろいな机が、ガタガ

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このまま消えて、無くなるように。

このまま消えて、無くなるように。

 その日は一人になった瞬間、涙が溢れて止まらなかった。

 誰もいない、携帯もない、バスルームの中。シャワーの中に嗚咽を隠して、ぼろぼろと泣いた。脳裏に浮かんだのは、上司の顔、先輩の顔、友人の顔、さっきテレビで見た芸能人の顔、歌番組のC Mで歌っていたアイドルの顔、最近会えていない好きな俳優の顔。規則性もなく、次々と浮かんでは消えてゆく顔。誰のものともわからない、老婆の顔。

 きっと一過性のもの

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