意味のないモノローグ

「松葉」

茜の呼び声に応じるようにして、顔を起こす。短いキスと、肌の温もり。一瞬だけ触れて、彼女は再び自分の世界に戻った。

この行為に意味はない。

茜にとって、"キスをすること"は本当に些細なことなのだ。例えば、辞書を引いて言葉を調べるように。絵描きが、デッサンをするように。小説家や漫画家が取材旅行と言って海に行くように。恋とか、愛とかは関係ない。気になったから、するのだ。そのために、定期的にここへと呼び出され、何もない1日を過ごし、茜とのキスに応じる。何かを強制されたり、縛られることは一度もなかった。腹が減ったら勝手に食うし、この部屋にあるものは使い放題。不満はない。ないけれど、気持ちとの折り合いをつけるのには、随分と時間がかかった。

初めて茜とキスをしたのは3年前。高校三年生の秋。誰もいない教室で、泣いている茜を励ました時のことだ。今でも鮮明に思い出せる。涙の膜で覆われた彼女の瞳から目が離せなかったことも。教室に残る床に染み付いた太陽の匂いも。昼間の体育で汗臭いんじゃないかと不安になったことも。触れた唇の少しカサついた感触も。隣の部屋で練習している吹奏楽部のトランペットの音も。それをかき消すくらい煩い、自分の心臓の音も。

「松葉、お腹すいた」

幾度か唇を重ねた後、何の前触れもなく立ち上がり、茜は荷物を整理し始めた。時間が来たと言わんばかりに。受け入れたという事実を、全て拒絶するように。

「茜」

「帰ろう。松葉」



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