おなじもの
私たちは、いつも二人で遊んでいた。
お爺様の家の時計は、家の大きな柱にも負けない、大きくて立派な木でできている。鈍い金色をした振り子が、ガラスの向こうで大きく、規則正しく揺れていた。
「この振り子にしがみ付いて遊べたら、きっと楽しいと思うわ」
大きな目で振り子をじっと眺めながら、沙耶が言った。
「ガラスを壊して仕舞えば、遊べるかしら」
「駄目だよ」
私がそう言えば、沙耶は大きな目をゆるりと私に向け、拗ねたような顔をした。
「お爺様の大切な時計だもの。怒られるに決まっている。それに、」
私が続きを言う前に、沙耶は興味をなくしたとでも言うように、時計に背を預けて座り込んだ。
「別に私も、お爺様を困らせたいわけじゃないわ」
そういった声は、だんだんと小さく、萎んでいった。頬はほんの少し膨らみ、唇を尖らせ、下を向いている。
沙耶は拗ねているのだ。この広い縁側で、私と二人きりのことに、少しだけ歳の離れた兄も、いつも可愛がってくれる叔母も誰もいない。この縁側にふたりきり。いや、沙耶にとって私なんていないようなものだから、実質一人ぼっちなのだ。
「つまんないの」
ポツリとこぼれ落ちた言葉に、沙耶が目を見開いた。何があったのだろうか。
「真耶でもそんなことを思うの?」
どうやら今、こぼれ落ちたのは私の言葉だったらしい。そんな些細なこと、別にどうでも良いけれど。沙耶にとってはそうでもなかったようだ。
「そんなに驚くこと?」
「意外だもの。真耶は、”イイ子”でしょ」
その言葉に、むず痒くなる。大人がつけた”イイ子”のレッテルが、沙耶にまで浸透していたのは心外だ。
「私だって、思う事はあるよ」
沙耶みたいに、口にしないだけで。そう続けば、彼女は私の顔を覗き込んで目を輝かせた。
「じゃあ、私が池に飛び込んだときは」
私が沙耶のことを叱った時だ。夏の暑い日に、鯉が楽しそうだと言って、洋服のまま飛び込んだのだ。危ないし、お母さんに怒られるしと、腕を引っ張って池から引き摺り出したのを覚えている。
「気持ちよさそうだなと思った」
私も飛び込みたかった。あの日は本当に暑くて、夏の日差しを反射してキラキラと輝く水面が、こちらを誘っているようにしか見えなかった。
「桜の木を登った時は」
「きっと上からの眺めは最高なんだろうなって」
「通学路の柿の木」
「あの柿美味しそうだったね」
「夜の裏庭肝試し」
「私も行きたかった」
「サンタさんの正体は」
「この目で見たいと思ったよ」
全部、私が沙耶のことを止めたことだ。危ないよ、危険だよ、こうしなきゃダメ、ああしなきゃダメだと。
「私だって、お稽古はサボりたいし、後先考えずに遊びたいよ」
でも、できない。それはきっと、私じゃないから。どうしてかはわからないけれど、そんな気持ちなのだ。
「ふふ、あはははは」
俯いたかと思えば、沙耶が大声で笑った。
「沙耶、あんまり大声で騒いだら、お爺様に怒られるよ」
「本音は?」
キラキラと瞳を輝かせて、沙耶が聞く。悪ガキの私が、ゆっくりと顔を覗かせた。
「大人の事情なんて知ったことではないし、空気が重いからすごく嫌」
ニヤリと笑えば、沙耶は引きちぎれそうなくらい口角をあげて笑った。
「私ね、真耶は私とは全然違うんだなって思っていたの。そっくりだけれど、違うものだと思っていた。」
違ったのね、そう言って笑う沙耶に、呆れて言葉が出ない。
「同じだよ」
私たちは同じ生き物だ。同じ日に生まれて、同じ時を過ごす。
違うわけなんてないのに。心外だ。
声を上げて怒りたいような気持ちもしたが、楽しそうに笑う沙耶を見て、これでいいのかな、なんて思った。