ハル、ノ、アワユキ
雪は冬の、なんていうけれど、実際のところ一番雪が降るのは冬と春の境目だと思う。急に寒くなった室温に体を震わせ、真冬に比べて少し心許ない掛け布団に身を包んでカーテンを開けた。
ああ、やっぱり。雪が降っている。
着替えるのも億劫だったので、ずるずると布団を引きずったまま、ヤカンに水を入れ、コンロにかけた。そのまま、お湯が沸くまでぼんやりと、窓の外を眺めていた。
平たくて大粒の雪は、風に吹かれて斜めに地面へと落ちていった。大きさもまちまちなそれらが、同じような軌道で地面へと着地し、個としての存在を失う。何粒も何粒も、その繰り返し。一粒だけならば、羽みたいで美しいのに。こんなにたくさんあるのは、なんだか気持ちが悪い。
「春の淡雪っていうらしいよ」
そんなふうに教えてくれたのは、学生時代に付き合った同級生の男の子だった。痛みを知らない整った黒髪が、真面目そうな印象の。学ランに包まれた胸板の厚さが心地良くて、よく意味もなくくっついて歩いた。彼の少しだけ高い体温は、冷え症な私にちょうどよかった。
「はるの、あわゆき? 何それ、人の名前みたい」
そう言って笑う、学のない私にも、彼は呆れずに寄り添ってくれた。
「薄くて平たいから、すぐ消えちゃうんだ。淡くて、儚くて、それでいて美しい」
へえ、そうなんだ、なんて言いながら、私は彼の温もりを感じたくて、より一層ぴったりとくっついた。そんな、儚く、淡く、薄っぺらな恋愛を、こんな時に思い出してしまうのは、どこかで美しいと思っているからなのだろうか。
ヤカンがしゅんしゅんと音を立てて、湯が沸いたことを知らせる。ぼんやりとした頭のまま、火を止めて何を飲もうか考えた。誰もいない部屋にひとり。幸せだった記憶を呼び起こしたところで満たされるわけもなく、ただアスファルトに落ちた淡雪と同じように、じんわりと滲んで消えた。