骨時計の約束

 旧校舎の二階。扉を開けると水を吸った木の匂いと、たまったほこりの匂いが鼻腔を擽る。開かずの棚の道の奥。二つ並べた古びた机の寝台。そこがあいつの特等席。
「寝てんのか」
 窓から差し込む、午後の日差しを浴びながら、あいつはゆっくりと顔をこちらに向けた。
「起きているよ。お前の足音は騒がしい」
「じゃあそれらしくしろよ」
 ん、と小さく返事をして、友瀬は体を起こした。足の高さが不ぞろいな机が、ガタガタと友瀬のからだの動きに合わせて揺れる。
「それ、いつか倒れそうだな」
「どれ」
 机を指さして答えれば、友瀬は机の脚を見て、ああと小さく答えた。
「倒れたら、どうなるかな」
「どうなるって、そりゃ怪我するかもな」
「怪我か」
「打ち所が悪かったら、死ぬかもしれない」
「死ぬ」
 机に腰かけたまま、友瀬はゆっくりと窓の外を見て、黙った。つられるようにして、窓の外を眺める。グラウンドから、部活動に励むにぎやかな声が、遠く聞こえた。
「眞人」
 長い、そう感じてしまうほどにゆったりとした沈黙の後、友瀬が口を開いた。
「俺が死んだら、骨を盗んでくれ」
 どんな冗談だよ。そう思い、友瀬の顔を見るも、表情はいたってまじめなものだった。
「盗むって」
「墓に入るなんて息苦しそうだ。小瓶に詰めて、窓辺にでも飾ってよ」
 手をついて、友瀬は俺のいる方へと体を傾けた。机がガタリと揺れる。外には人がいて、ここは学校で、今は放課後で。そんなことはわかっているのに、この世界には二人きりで、今ここで答えなければ、目の前にいるこいつもどこかに消えてしまう。そんな心地がした。
「砂、時計とかは、どうだ」
「砂時計」
 俺の思い付きを、言葉を復唱して、友瀬はふ、と息を吐いた。
「それはいい。眞人もたまにはいいことを言う」
「たまにはってなんだよ」
 なんだか恥ずかしい。ああ、きっと今俺の顔は赤いのだろう。ごまかす様にして窓の外へと顔を向ける。ガタガタと机の揺れる音がした。
「砂時計、いいね。すごくいい。なんだか永遠の時を生きられそうだ」
 のんびりと言った友瀬の言葉に、なんだか笑いがこみ上げてきた。お前は一体何になるつもりなんだよ。そう思いながらも、砂時計として永遠の時を生きるこいつを想像して、悪くないと思った。
「落ちきるたびに、さかさまにしてやるよ」
 願わくばその窓辺に、俺も居られたらいいと思う。それは友瀬も同じだったようで、ふふふと肩を震わせながら言った。
「そうしたら君の枕元に出てやるよ。目が回ったって文句を言うために」

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