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正しく清く健常な愛情では満足できない。傷のなめ合いだと言われても。【書評】

「どうして正しいものと私が欲しいものはこんなにも違ってしまうのだろう」

『匿名者のためのスピカ』島本理生

正しく清く健常な愛情では満足できない。
病的で依存的で危うくても、自分だけを見てくれる人がいてくれたら──。

人は、正しい相手と正しい恋に落ちることができたら、幸せになれるのだろうか。
『匿名者のためのスピカ』は、どこか満たされない人々のための恋愛サスペンスだ。
親からの真っすぐな愛情が子供を真っすぐに育てる。
だとしたら、親から充分な愛情をもらえなかった人間は、歪むことで自分を守ろうとするしかないのかもしれない。
心の空洞を埋めようと身体を捻じることで、心そのものが歪んでしまった。

そんな人々の切なく苦しい、ゴールのない迷路を彷徨うような物語だ。

あらすじ

とある事件をきっかけにサラリーマンを辞め、法科大学院に入学した笠井修吾。
彼は優秀で優しく、生真面目な好青年。だが25を超えても童貞であるというコンプレックスを抱えていた。
ある日、同じ大学院に通う、館林景織子から相談を持ち掛けられたことがきっかけで、交際を始める。

大人しく地味だが、笑うと可愛らしい。

しかしそんな彼女には、高校時代、年上の恋人に監禁された過去があった。
そしてある日、笠井の目の前で元恋人の車に彼女が乗り込み、2人は失踪してしまい──。

2人を追って、友人・七澤と共に南の島へ。
そこで見つけた彼女の真実とは…!

モラトリアムが終わるとき

会話文も多く、読みやすくシンプルな印象さえ感じさせる本作だが、
常に仄暗さと青春の終わりの切なさが漂っている。

愛に似ているけれど愛じゃないということを書きたかった。

作者の島本理生は、あるインタビューでこう語った。

そして登場人物はみな、どこか成長しきれないでいる。
子供のころの傷を、大人になってからも癒せない。
だから、弱った人間は生きていくために傷を舐め合うしかないのかもしれない。
傷を舐め合っているばかりじゃ、本当の大人にはなれないのかもしれない。

それでも、救いのない暗闇でうずくまるとき、一筋の光・スピカが見えたなら。
たとえそこが危険だとわかっていても、私も飛び込んでしまうかもしれないと思った。

非日常を思わせる、ひと夏の逃避行をへて、
モラトリアムの終わりを感じさせる結末は、すっきり爽やかなものとは言い難いものだった。

全ての謎が100%解明されるわけではない。
彼女の真意も、彼女と元恋人の間にあった出来事も、彼女の笠井に向けた感情が何だったのかも。
でも余白があるからこそ、そこによりリアリティを感じた。

人間の心も、恋も愛も、解明できない奥深さを抱えている。
人は、自分の気持ちですら自分で正確につかむことができないのではないだろうか。
だからこそ私たちは、自分をわかるために、自分をわかってくれるだれかを見つけるために、他人と恋をするのかもしれない。

『匿名者のためのスピカ』は、正しいだけじゃ生きていけない。
そんな生き辛さを抱えた人々の心の傷に寄り添う、優しい小説だった。

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