「吉岡奇譚」あらすじ
町工場で働く夫(悠介)と暮らす主人公(吉岡)は、ファンに長年愛されてきた絵本作家である。
複数のペンネームを使い分け、絵本のみならず様々な書籍の執筆に取り組む吉岡には、その暮らしを支える仲間が居る。全幅の信頼を置くハウスキーパー(坂元)と、かつての担当編集者(岩下)である。
特に岩下との付合いは長く、吉岡を発掘してプロデビューに導いたのは彼であると共に、家庭内や勤務先で受けた暴力によって生じた【心的外傷】と、その症状を理由とした『差別』に長く苦しんできた吉岡にとって、岩下は「同じ苦しみを知る仲間」であり、かけがえのない理解者である。岩下が担当から外れた後も、家族ぐるみの交流は続いていた。
ある日、吉岡は日課としている屋外での読書中に、不登校の少年(稀一)と出会う。交流を通じて、稀一は『無戸籍』であることが判明し、吉岡は、彼を児童福祉に繋ぐ。
児童養護施設で暮らし始めた後も、稀一は吉岡に手紙を送ってきたり、家に訪ねてきたりして、2人の「友人」としての交流は続いていた。
坂元が体調を崩したことをきっかけに、吉岡はハウスキーパーを もう一人雇うことにした。そこで採用したのは、ゲストハウス暮らしの若きフリーター(藤森)である。
彼女は、吉岡の旧友(玄)が ひったくり犯から奪い返した荷物の持ち主であり、吉岡が よく知る研究者の娘である。(彼女の父親である その研究者は、既に他界している。)
玄は、ひったくり事件をきっかけに知り合った彼女を、とても気にかけていた。
藤森の着任後。悠介の勤務先で、現職の従業員による「職場内の盗撮」と、盗撮写真の悪用を含む「インターネット上での、会社と従業員に対する誹謗中傷」が行われていることが発覚する。悠介の勤務先の株主である吉岡は、夫や知人に対する執拗な侮辱に対し、激しい怒りを覚える。
また、その事件をきっかけに、学生時代に誹謗中傷の被害を受けた坂元の体調が、急激に悪化する。彼にとっては、その事件が重大な【心的外傷】となっていたのである。
坂元は、新人の藤森に職務を託して休職する。
吉岡の担当編集者が急遽退職し、暫定的に岩下が担当となった。しかし、彼は次年度からは人事異動により編集者ではなくなるのだという。
彼との『最後の仕事』にあたり、吉岡自身も、絵本作家としての『引退』を決意する。健康上の理由から「絵本」ではなく「文字のみの文学作品」に転向する意向を固めたのだ。
『最後の一冊』の製作を進める中、藤森が「母親に殺されるかもしれない」と連絡してくる。翌日に出勤した彼女に詳細を尋ねると、彼女の【心的外傷】になったと思われる凄惨な家庭環境と、そこで受けた暴力のことが明らかになる。吉岡は、加害者である母親に居場所を知られてしまったという彼女を、自宅に匿う。
後日、藤森の義父と連絡がつき、吉岡は良心に篤い彼から「娘を頼む」と、託される。
複数の福祉作業所を転々としていた玄は、同じ作業所を辞めていった若者(倉本)が「気になる」と言い始める。吉岡は、玄との買い物帰りに、倉本が入り浸っているという場所に足を運ぶ。そこで、ひどく衰弱している彼を発見し、吉岡達は救急車を呼ぶ。
後日、玄が倉本の自宅に押しかけ、父親と口論になり、その騒動を理由に作業所を解雇される。吉岡は、玄の暴挙に呆れつつも、悠介の勤務先を紹介する。
以後、玄は悠介と同じ町工場で、嬉々として働く。
退院した倉本と再会を果たした翌日。彼は「理解の無い父親のもとを離れたい」として、吉岡の家に身を寄せる。倉本の体調は極めて不安定で、宿への長期滞在や一人暮らしは難しいと判断した吉岡は、彼に自宅の和室を安価で貸すことにする。
倉本は、次第に吉岡と悠介に心を開き、自身の『過去』について、打ち明ける。特に吉岡には全幅の信頼を寄せ「弟子にしてください」と願い出る。吉岡は「弟子など取らない」と答えたが、【心的外傷】に起因する幻覚・幻聴への対処や、受診・服薬に関する留意点等について、自身の経験を交えながら、彼に助言を続ける。
吉岡達の協力を得て、倉本の体調は徐々に回復していく。
約4ヵ月ぶりに坂元が復職し、以前よりも少しだけ賑やかな暮らしが始まる。
吉岡は、かけがえのない仲間達と共に、児童文学作家としての新たなスタートを目指す。