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ワカモノイバショ

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若者食堂で活動するみんなの物語
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#noteの書き方

家に居場所のない私

おはようございます。 今日は今の自分について書いていきたい。 私の母親は過干渉をしてくる。 昨今のコロナ禍もあってか、「外出禁止」「帰るなら終電まで」などと行動制限してくる。 少しでも帰りが遅いと、LINEで早く帰るように催促してくる。 そんな母親とは距離を置きたい。 元々、家にいたくないために外に出ていたのに外出禁止とされたら、ストレスでしかないし、精神的に参ってしまった。 これから面接もあるのに、子供のことを何も分かっていない母親に腹が立った。 父親にも同じ感情があ

療育の大切さ

こんばんは! 今日は「療育」をテーマに書いていきたい。 私は21歳で発達障害と診断され、24歳になった今、障害者雇用での就職活動をしている。 診断を受けるまで、健常者と同じ生活をしてきたが、一言で言うととても苦しかった。 他の人は出来ていても、私には出来ない。 そんなことはしょっちゅうだったし、挫折は当たり前、さらに前職では障害に対する差別も受けてきた。 家族からも理解されなかったので、学校はもちろん、家にも居場所がなかった。 そんな子供の頃は、ADHDの症状が酷く、普通

社会福祉士勉強法!!

おはようございます(*ˊᵕˋ*) 今日は社会福祉士国家試験の勉強法について書いていきたい。 今年、社会福祉士国家試験に合格した。 合格率29.3%で、基準点はまさかの93点。 この難関の試験に合格したことに一番驚いた。 これから社会福祉士を目指す方向けに、試験を受けるまでの話と試験の勉強法を書いていくことにした。 私は福祉系専門卒+実務経験2年というレアケースでの受験資格だったが、この受験資格を得るのにも大変だった。 学校では必修科目である指定科目の履修や相談援助実習

心を壊したあとの話

こんばんは。 久しぶりのnoteですが、今日は自分の心について書いていきたい。 私は今、障害者雇用での就職活動をしている。 21歳で発達障害、23歳で社交不安障害と診断され、障害のない人と同じように働くことは難しくなったからだ。 不安障害になったのは、今から2年前の6月。 当時勤めていた会社が経営不振になり、退職することになった。 今まで、自分なりにやり切ってきた中での退職は自分の中で消化できるものでもなかったし、利用者さんやその家族との関係性も築けてきた矢先の出来事だっ

人と違うことがコンプレックスだった自分。

おはようございます。 今日は、自分のコンプレックスについて書いていきたいと思う。 私は21歳の時に発達障害(ASD・ADHD)と診断された。 それまでの人生は本当に恵まれてこなかった。 何をするにしても「おかしい」とか「ダメだよね」って否定されることばかりだった。 人から低評価を受ける経験を重ねるうちに、自己肯定感は下がっていった。 「自分は迷惑な存在なんだ」 「生きている価値がない人なんだ」24年間ずっと自分は価値がない人間だと思っていた。社会人になっても自分の考えを理

きょうだい児と不登校

こんばんは! 今日は私が小学校2年生の時の話を書いてみることにした。 以前書いたnoteにも触れたが、私は小学校2年生の時に不登校を経験した。 きっかけは妹の入院と母親の育児ノイローゼだった。 家庭環境も最悪だったその時の私は、毎日が情緒不安定で、些細なことで泣いていた。 とにかく不安でたまらなかったし、それを誰にも理解して貰えなかったのも辛かった。 その頃の家庭環境は、まさに最悪だった。 父親は仕事が忙しくて家にほとんどいなかったし、母親はいわゆるワンオペ育児に追われ

社会福祉士国試を終えてから。

こんにちは! 今日は、国試を受けた今後について書いていきたいと思う。 2月7日に社会福祉士国家試験を受験し、合格発表待ちの今、どうして行くかを考えている。 福祉系短大・専門+実務経験2年のレアケースだったが、無事に受験資格を得てから、試験まで必死に勉強してきた。 試験が終わって1週間、勉強する習慣がついたものの、何をすればいいの分からない状態が続いていた。 国試を終えて勉強する習慣がついた今、保育士試験の勉強を始めることにした。 そもそも保育士試験を受けようとしたのには