第14章 怒りの蜜柑−2
Vol.2
ルドラのアカウントからの投稿も拡散されていく最中ー。何食わぬ顔で政治家達はいつもの日々を過ごしていた。その中の一人、若手政治家である松林は、政治事務所で荷物の整理などを任されていた。早く自分も国会で発言力を持ちたい。そして、大臣あわよくば内閣総理大臣になってみたいと夢を見ていた。野望を抱きながら、今日も事務所での雑務を行なっていた。
「宅配便です。荷物の受け取りお願いします。」
「承知しました。」
宅配業者から荷物を受け取った。段ボールが4つも。中身は軽いがここまで数があると運ぶのも大変だ。松林は、一つ一つ丁寧に運んだ。
「随分とたくさんだね。」
「曽山先生。そうなんですよ。何かお頼みになりました。」
松林が荷物を運ぶ最中。一人の初老の男性が話しかけてきた。曽山先生と呼ばれる彼の名は、曽山泰造。現政権でも財務省で派閥を聞かせている有力者。次の財務大臣を務めるのではないのかと噂されている人であり、松林の所属する事務所のトップである。
「確か、新しい選挙ポスターのデモでも送ってきたのかな。」曽山が答える。
「なるほど。それは楽しみですね。」
そう言って、松林は段ボールを開けた。すると、中かからたくさんのイナゴが溢れて出てきた。他のダンボールからはゴキブリが溢れてきた。
「なんじゃこりゃ。」
松林はいきなりの出来事に腰を抜かして動くことができない。そんな松林の顔面には、イナゴがぶつかっていく。そして、手には大量のゴキブリが沸いていた。
「松林くん。なんとかしたまえ。」
曽山はこんなにもp大量の昆虫に出会ったことがなかったのだろう。慌てた様子で逃げ回っていた。この異変に気がついて秘書がやってきた。
「どうしたんですか。先生。」
「あ、荒川くん。知らんよ。荷物を開けたら虫が急に出てきたんだ。と、とにかく助けてくれ。」
そう言って逃げ惑う曽山を見てこれが女の子なら可愛いが、いい年したおっさんがここまで逃げているのを見ると笑いが出てきた。
「ほら、笑ってないで。助けてくれ。」
「わかりました。殺虫剤買ってきますね。」
イナゴが鳴らす羽根の音とおじさんが奏でる悲鳴が地獄のパレードのようだった。そんな様子を、清掃員である赤坂龍樹がスマホで動画を撮影した。彼は、月3万円のボロアパートに住んでいる30代の男性だった。かつてホストの道で生きていたが、勤めていたホストが潰れ、今では1日一食を食べるのがやっとコサの生活だった。そんな、彼のSNSにルドラから突然メッセージが送られてきた。「面白いものが見れるから曽山泰造の政治家事務所の清掃員として働いて欲しい。そこで、面白いことを動画で撮影してSNSに投稿すれば君は人気者になれるだろう。」と。最初は半信半疑であったが、面白半分にルドラの言うことを聞いてみることにした。どうせ働き口にも困っていたし、スマホで動画を見る以外に娯楽なんてないんだから。それに、インフルエンサーになれれば、かつてのような輝かしい生活へ逆戻りすることができる。淡い期待を寄せていたのだった。すると、どうだろうか。目の前で本当に面白いことが起きている。赤坂は、興奮する手の震えを抑えながらスマートフォンを曽山に向けた。
「ルドラさんが言っていたこと本当だった。本当にここで面白いものが見える。これは、バズるぞ。」
「そこのお前。何撮っているんだ。」
赤坂は、曽山の言うことなど耳にははいいていない。彼は、ただただ動画を撮り続けていた。目の前で起きているフィクションのようなノンフィクションを。
「これで俺も人気者になれる。インフルエンサーだ。」
そう言って、彼はこの地獄のパレードのような映像をSNS上にアップロードした。そうすると、瞬く間に動画は引用されていった。ルドラのアカウントでも、コメント付きの引用を行った。
”みなさん喜んでいただいたみたいですね。ご協力いただいた皆さん、ありがとうございます。”
赤坂は、この投稿のおかげでフォローワーが1万人近くまで伸びた。引用数も、今までされたことのないような10万件という数字を叩き出した。赤坂にとって夢のような出来事だった。まさに、ルドラが神のように見えたのだった。
また、その他の事務所にも同様に、イナゴやゴキブリが無事に届いていたらしく、赤坂龍樹のような存在が動画を撮影してアップロードをしてはどんどん拡散されていった。SNS上では、政治家達に天誅が降ったと言って喜ぶものが多くいた。「国民の税金で呑気に生きてる国会議員はゴキブリってことね。」「お似合いすぎる。そのまま捕食されて仕舞えばいいのに。」「金食い虫に殺虫剤を誰かかけてやれ。あ、どちらも死ぬか。」投稿には数多くのコメントが寄せられた。また、このような悪戯行為に対して子供じみているだとか、こんなことをして馬鹿馬鹿しいだとか嘲笑うものも一定数いた。それも仕方ないことだ。天邪鬼な人間もいるのだ。いちいち気にしていられない。そう思いながら僕は手応えが小さな自信に変わっていた。
数日後、この一件を祝して、僕らはもう一度集うことになった。飲食店だと警戒されているかも知れないとのことで斎宮さんの自宅に招かれた。斎宮さんの自宅は、蒲田にある1DKのマンションだった。とても綺麗なマンションに一同が羨んだ。斎宮さんは、家賃は高いがオートロックが欲しいということでこれを選んだと、華やかしい家であるがカツカツの状態で暮らしていると苦笑いした。雑談を終えて、今回の行動の振り返りを行なった。
「二階堂さん。うまくいきましたね。」七海さんがいう。
「こんなに上手くいってびっくりです。」二階堂さんが答えた。
「しかし、なんでこんなに上手くいったんですか。」七海さんが質問した。
「それは、テルルさんが根回ししたからですよ。」斎宮さんが答えた。
「根廻し?」七海さんが問う。
「そう。テルルさんが、プレゼントを送る場所に、社会に不満を抱えた人物かつ承認欲求が高い人を中心に声をかけて、面白いものが観れると誘導したのが大きいですね。」斎宮さんが解説した。
「さすがですね。不満を持っている人間は、面白い冗談だと思って話に乗ってくるってことですね。特に、承認欲求が強い人間ほど放っておくことはできない。だから仕掛けた荷物に対してほぼ100%の割合で動画が投稿されているってことですね。」二階堂さんが僕に言う。
「いやいや、二階堂さんあっての成功ですよ。」僕が照れながら答える。
「テルルさんは、そういう人を動かすような素質がありますよね。」七海さんがいう。
「確かに、アジテーター的な素質があるのかも知れませんね。私たちもその魅力に魅せられている。」斎宮さんが頷いた。
「そんなことないですよ。今まで生きてきた中で、そんなアジテーター的素質を発揮したことなんて一度もないです。」僕は答えた。
「それは、生き方が変わったからじゃないですか。」斎宮さんが答えた。
「生き方が変わった。」僕が問う。
「今までのテルルさんは、どちらかというと受け身な生き方をしていたんです。社会という仕組みの中で、揉まれながら自分という存在をいつの間にか社会の型に嵌め込んでしまっていた。でも、今は違う。今は、受け身ではなく、自分が主人公という目線に立って生きている。社会に対する不満や怒りを抱えるからこそ、そう言った人の気持ちを理解して、その捌け口を導いている。だから、みんなテルルさんに期待してしまうんですよ。」斎宮さんが答えた。
「そう言ってもらえるとなんだか嬉しいですね。」僕は答えた。
「次も期待していますよ。」二階堂さんが言った。
「私、テルルさんのおかげで、なんだか、最近楽しいんですよね。生きることが。」七海さんが言った。
「わかります。」二階堂さんが同意した。
「私、今までOLとして平凡に生きてきたんです。休日は、対して視聴者のいないゲーム配信をしたり、缶チューハイを朝から飲んだりしてだらけきった生活をしていました。でも、テルルさんと出会ってから、社会をひっくり返してやろうって気持ちを抱いて、ミームを作ったりするのが楽しくて。いつの間にか、生活自体も規則正しくなっていて。」七海さんが言った。
「俺もです。配達業なんて、本当に安い給料で働いていて、来る日も来る日も働いては酒を飲んでジャンクフードを食べるような生活でした。趣味なんて物もほとんどなかったですし。でも最近では、こういう活動をしていることがなんだか楽しくて、気持ちが高揚しているんですよね。ちゃんとサラダ食べたりとかもするようになったし。上手く言えないんですけど、なんだか自分の中での生きる意味が見つかった気持ちです。」二階堂さんが嬉しそうに言った。
きっと僕も似たような感覚に襲われている。最近は生きることが楽しくてたまらないのだ。今までは、日に日に老いていくのが、30歳を迎えることが恐怖で仕方がなかった。このまま歳をとっておいていくだけの人生に。だが、ルドラとして活動することで、なんだか自分の感情が満たされていくのを感じていた。今を生きている。そう感じさせる何かがそこにはあった。早く、次に進みたい。そうはやる気持ちが自分の背中を押す。
「ところで、次の行動に移したいんですが。みなさんどうでしょうか。」僕がみんなに問う。
「もちろんです。」七海さんが答えた。
僕らは、次の計画の詳細を話し合い、今日のところはお開きになった。
数日後。都内某所のいかにも不気味な不審物が置かれていた。「開けるな」とだけ書かれた15センチ四方の箱だ。この箱を真っ先に交番に届けなくてはと思い、一人の高校生は走った。
「お巡りさん。すみません。」陽平が元気よく叫んだ。
「どうしたんだい。そんな慌てて。」交番勤務30年の巡査部長である如月一郎が腕を組みながらやってきた。
「こんなものが道端に落ちていたんです。」陽平は上がる息を押さえながら答えた。
「なるほど。どこで落ちていたんだ。」如月巡査部長は陽平に尋ねた。
「向こうの交差点のあたり。」陽平は答えた。
「ふーん。ところで君は最近学校に行っているのかね。」如月巡査部長が不機嫌に尋ねた。
「今は関係ないじゃないですか。」陽平が言う。
「君は、こないだも補導したじゃないか。全く、君のような若者が増えるから日本はおしまいだ。」如月巡査部長がつぶやいた。
陽平はムッといした。でも堪えた。ここは約束だったから。
「ダンマリか。まったく。この箱も、君が用意したんじゃないか。我々を揶揄っているんじゃないのか。」如月巡査部長が陽平を睨んだ。
「そこまで言うんならもういいですよ。せっかく、善意で持って来たのに。そう言うことしか言えないような警察がいるようじゃこの国もおしまいだ。」陽平は怒りを込めて言った。
「ふん。まあいい。さて何が入っているのかな。」如月巡査部長が箱を開けた。
するとどうだろうか。中にはなかなかの大きさのスライムが入っていた。「なんだ。ただのスライムか。」そう言って如月巡査は触ってみる。すると、スライムからは柑橘系の香りがした。しかし、そのスライムをよく触ると、中に何か固いものがあることに気づいた。スライムがへばり付く手でその中のものを引っ張り出した。また、ただの箱だった。なんだかマトリオーシカみたいだなと。思いながらスライムまみれの手でその箱を開けた。すると、水風船が入っていた。なんだ、まだマトリオーシカは続くのか。そう呆れながら水風船を手に持っていると、いきなり水風船が破裂した。中から大量の塗料が噴き出てきた。如月巡査部長の手には真っ赤な塗料がべっとりと付いていた。まるで血のようだった。
「なんだこれは。」如月巡査部長が叫んだ。
「フハハ。何やってるんですか。」陽平は面白がった。
「貴様。わざとやったな。」如月巡査部長が怒りを込めて言った。
「まあまあ落ち着いて。俺は、ここに荷物を届けただけですよ。」陽平は笑いながら言った。
「笑うな。お前の笑い声は耳障りだ。」如月巡査部長が言う。
「うわ。ひどいな。まあそんな無様なk格好で言われても説得力ないけどね。」陽平は笑いながら言った。
「調子に乗りやがって。お前は公務執行妨害で逮捕する。」如月巡査部長が叫んだ。
「それは無理ですよ。だって俺は、荷物を届けただけの一般人。開けるなと言う箱を勝手に開けて風船潰して塗料まみれになったのは自分の責任じゃないですか。それを公務執行妨害だなんて。国民の税金で食っている人が。ふざけたことばかり言わないでくださいよ。」陽平は言った。
「なんだと。お前まだ税金も納めていない分際で何を言うか。」如月本部長がいう。
「未成年にそんなこと思われている時点で終わりってことですよ。」陽平はそう言って交番を後にした。そして、先ほど起こった事件の一部始終を収めた動画をSNSに投稿した。
”危険物拾って交番に届けたら罵倒された挙句に公務執行妨害扱いされた。””
この投稿は、投稿された瞬間に瞬く間に拡散された。毎度ながらルドラのアカウントでもこの投稿を引用した。
”日本の警察官の正義はどこになるのでしょうか。私は、ジャーナリズムとして真実を皆さんに問い掛けたい。’’
この投稿に対して、「警察官が未成年にいう言葉ではない。」とか「日本の警察官無能すぎて草。」とか「これ爆弾だったらどうなっていたんだか。危機感の欠如だ。」や「税金泥棒はここにもいたか。」という数多くの返信が行われた。さらに、如月巡査部長のように罵ららないにせよ、同じような動画が投稿されていった。ここまで来ると、警察も動かないわけにはいかなかった。最初の動画投稿者である星野陽平への取り調べを行うことを発表した。しかし、陽平ならびに他の投稿を行ったものたちは未成年ということもあり、イタズラ程度の扱いになるのは目に見えていた。それに、彼らが警察官に投げつけた訳ではなく。警察官が自ら風船を割って塗料を出してしまっている。その証拠がSNS上に上がっているため、下手なことを言って少年少女たちを捌こうものなら世間からの批判の目が飛んでくるのは必須だった。少年少女たちも、不審な荷物があったからそれを交番に届けただけという一点張り。結局、捜査は平行線となり少年少女たちは帰らされることになった。
星野陽平は、警察署からの帰り道。清々しい気持ちで帰っていた。これもルドラさんのおかげだった。事件の起こる数時間前。ルドラからメッセージが送られて来た。「××公園に箱があるので交番に届けて欲しい。」という短い文章だった。正直驚いた。自分のような学校もろくに言っていない人間に最近政治家にゴキブリをプレゼントした有名なルドラさんがメッセージをくれたことに。急いで公園に向かうと、そこには開けるなと書かれた箱があった。これのことだろう。陽平は、箱を手に取るとそこには手紙が入っていた。
陽平くんへ
君がこの手紙を受け取ってくれることを信じています。君を補導した警察官に復讐したいと思いませんか。君に偉そうなことを言っていた警察官は、君のお父さんやお母さんなどが汗水垂らして働いたお金を給料にしています。そのお金で、毎日パトロールと言ってフラフラ遊び歩いたり、勤務中にいびきを書いて寝たりしています。給料泥棒なのです。そんな彼らが君たちを補導する理由があるでしょうか。私はそれがおかしいと思います。陽平くんの中に少しでも疑問があればこれを交番に届けて、それを動画に撮って警察官が正しいのか自分が正しいのかを世間に問いかけてみてください。きっと、世間は陽平くんを味方してくれるはずです。
最後に、この手紙を読んだら燃やしてください。警察官にはこの手紙のことは内緒にしていてください。これは、私と陽平くんの間の秘密です。
陽平は、手紙を読んだ後に燃やした。ルドラさんとの約束を守るために。警察官にはひどいことをたくさん言われたがイライラはしていなかった。陽平はルドラさんに感謝していた。今まで、大人たちは自分のことw頭ごなしに否定してくるものばかりだった。しかし、今回のことを通して、自分の生き方が正しいことや世間が自分を見ていないと思っていたが、しっかりと自分のことに反応してくれるということを。何か自分の中で大きく変わっていっている。陽平は、明日は学校に言ってみようと思った。
例の如く、僕らは斎宮さんの家に集まり、今回の事件に対する打ち上げを行なっていた。
「テルルさん。今回もうまくいきましたね。」斎宮さんが言う。
「未成年の主張。そんな感じがしてとても良かったです。」二階堂さんがいう。
「七海さんが不満を持った未成年たちにフォーカスしてくれたおかげですよ。」僕が言った。
「いえいえ、たまたま動画配信のリスナーに未成年が聞いていることが多くて。よくコメントで悩みを相談されていたのでこれを利用することはできないかなって。私も学生時代に学校に言っていない時期がありました。いじめられていたとかそう言うのもないんですけど。なんだろう。いきたくないなって。そんな悩みを先生や親に言っても理解されずに、お前が怠けているだけだとか。怒られて理解されない苦しみがわかるんです。その時の気持ちを思い出しました。」七海さんが照れながいう。
「目の付け所がさすが動画配信者ってところですね。ところでテルルさん。スライム爆弾なんてよく思いつきましたね。」二階堂さんが言う。
「あれですか。原理は簡単なんですよ。風船に含まれているゴム成分は、リモネンというテルペン系の炭化水素に溶解性が高くあるので風船にみかんの皮の汁をかけると風船が溶けて破裂してしまうんです。これを利用して、スライムにたっぷりの蜜柑の皮の汁(リモネン)を混入させて作ったんです。その後、リモネンが漏れ出して割れないように箱に入れた塗料入りの風船。これを箱から出し触れさせれば、さっきの原理で言ったように風船が破裂する。と言った具合です。時間差で破裂するので警察官だけが触れている状態で未成年は触れていない。しかも動画で映像を撮っていれば誰も罪に問うことはできません。」僕は解説した。
「開けるなと書かれた箱を開けたくなるのは人間的本能ですし、マトリオーシカのように何重にもなっていると最初よりも人間の警戒心は解けますしね。サイエンスだけじゃなくて人間の心理をついている素晴らしい計画です。」斎宮さんが僕に感心していた。
「しかし、こんなにも簡単に計画が進んでいくと少し怖いですよね。」七海さんがいう。
「そうですかね。私は、必然のように思えます。今回のケースに対しても、そこになんらかの摩擦があった。だからそこに少しの引力を加えてあげることで大きな力を生んだように感じます。」斎宮さんが言った。
「そうですね。人の潜在的な意識に触媒を与えるということが僕らのやっていることです。触媒さえあれば、その人たちは行動を起こすことができる。」僕はいった。
「触媒。いい例えですね。」斎宮さんがいう。
「ところで、次の計画はいつ頃仕掛けますか。」二階堂さんが問う。
「次はタイミングが大事なものになってきます。タイミングが気しだい、私がお伝えします。」斎宮さんが言った。
僕らは、この後も次の計画のことを話し、この日はお開きになった。
翌朝。僕は目覚ましよりも早く目が覚めた。会社に行くのが辛かった時期、僕は朝起きるのがとてつもなく嫌だった。早く、休みの日が来ないかと思いながら仕事をする日々がとても嫌だった。しかし、今は違っていた。朝を迎えることが何も嫌ではなかった。むしろ楽しささえ感じていた。身支度を済ませ、会社に出社した。
「おおはようございます。」
元気よく僕は挨拶をした。デスクに着くと、早速仕事に取り掛かった。一時は、ペンディングになってしまったプロジェクトのこともあったが、今は他のプロジェクトに精を出している。今までは、出社してからがとても長く感じていたが、今はとてつもなく早く感じていた。たまに、K先輩がだる絡みをしてくることがあったが、全然気の求めずにうまく受け流した。昔ならいちいち感情を動かされていたが、今の僕はなんとも思わなかった。そうこうしていると、お昼の時間になった。僕が食堂でお昼を食べていると、職場の人たちが最近のニュースの話をしていた。
「最近、話題のルドラっていう人知ってる?」
「知ってます。知ってます。政治家にゴキブリプレゼントしたり、交番に塗料入りの風船届けたりすあれでしょ。」
「物騒な世の中になってきたよね。」
「そうですよね。でも、次に何をしてくれるのか楽しみでじゃないですか。」
「確かに。次にルドラが起こすことが気になって仕方ない。何を次は起こすと思う?」
「えーなんですかね。国家転覆とかですかね。」
「そこまでするかね。」
「いやいや、期待しちゃうじゃないですか。ここまできたら、とことんまでやってほしい。」
「まあね。それによって、我々の生活が少しでもいいものになればいいけどね。」
自分の話が今そこでされている。「自分がルドラです。」なんて言ってしまいたい気持ちもあった。もし、自分がルドラだと言ったら彼らはどういう反応を示すだろうか。驚くだろうか。信じるだろうか。おっと。自分が浮かれているのに気がついた。自分がやっていることが、綱渡りな行為だということを忘れていた。こういう時こそ、冷静さを失ってはいけない。まだまだ、こんなところで終わらせてしまうわけにはいかないからだ。国家転覆なんて言い過ぎとまでは言わない。僕がやろうとしていることは、そういうことに近いことだから。
昼食を食べ終えて、残りの仕事をせっせと片付け帰宅した。残業はほとんどせず、定時に上がった。夜ご飯を食べながらタブレット端末でニュースをチェックしようと思っていると、読みかけの「ulula」がそこにあった。結局、この本も途中までしか読んでいなかったな。革命を成した主人公の結末がどんなものであるか急に気になり始めたのだ。久しぶりに、この本を読んでみるか。そう思い、僕は「ulula」を手にした。
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