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大河ドラマ「光る君へ」第23話~作中和歌の解釈(紀貫之・紫式部編)
こんばんは、もちまるです。
今回も大河ドラマ「光る君へ」の感想です。
今回は、和歌が出てきましたのでその解説です。
(書くのにとてもエネルギーを要しました…!)
紀貫之の和歌「夢路にも露やおくらむ」について
まず最初にご紹介するのは、一条天皇が藤原行成と話している場面で出て来た和歌。
今回紹介された和歌は一条天皇が、中宮定子の好きな和歌として紹介していたものです。
さて、一体どんな和歌なのか見てみましょう。
夢路にも 露や置くらむ 夜もすがら かよへる袖の ひちてかわかぬ
紀貫之
(現代語訳)
夢の中で辿る道にも、草葉の露は置くのだろうか。
一夜をかけて、往き来する私の袖は、濡れて乾くことがない
解釈には以下のようなことが書かれていました。
恋人の夢を見て袖を涙で濡らしたことを、夢の通い路にも夜露が置くのかと婉曲に言いなした。
なるほど!
中々に解釈が難しい和歌だったのですが、ザックリ言うと恋人の夢を見て涙を流したという趣旨の和歌なのですね。
現代の私たちには、ロマンティックすぎてすぐには分からない内容です!
この和歌にある「夢路」という表現は、『古今和歌集』独特の表現であるようですね。
「夢路」という表現について、面白い論文を見つけました。
(論文といっても、堅苦しい文章にするつもりはありません!ご安心を😊)
夢路にかよふなどという観念はほとんど夢というのに同じであるが、この言いまわし方は、余情があり、他の言葉と相まって古今調をかもし出している。
つまりは、夢を見るというのを夢路に通うと表現しているのが、この時代(平安時代の古今集時代)の特徴とも言えますね。
独特な表現が、ロマンティックさを助長します。
ドラマ内では、この和歌を中宮定子が好んだとされている訳ですが、確かに趣のある和歌ですね。
中宮定子は、一条天皇の子供をお腹に宿しながら、共にいる事が出来ないという悲しい状況下にありました。
一条天皇も愛する定子に会うことが出来ない状況を悲しんでいます。
お互いに、お互いのことを夢に見て涙を流す事もあったかもしれませんね。
そのような事を考えるとこの和歌が、何だかしっとりとしたものに感じられます。
紫式部の和歌「ここにかく 日野の杉むら」について
さて、先ほどの和歌だけでずいぶん量(そしてエネルギー)を割きましたが、今回はもう一つ、主人公のまひろが詠んだ和歌がドラマで出てきたのでサクッと紹介します。
暦に、初雪降ると書きつけたる日、
目に近き日野岳(ひのたけ)といふ山の雪、いと深く見やらるれば
ここにかく 日野の杉むら埋(うづ)む雪
小塩(をしお)の松に 今日(きやう)やまがへる
(現代語訳)
[詞書] 暦に 初雪が降ったとしるされる今日
近くに見える日の岳という山に、雪が深く積もっている
日野岳の杉林は、雪に深く埋れんばかりだ。
今日は、都でも小塩山の松に、雪がちらちらと散り乱れて降っていることであろうか。
この和歌は、主人公のまひろが父の赴任に同行した際、越前で詠んだ和歌ですね。
現代語訳にある「日野岳」というのは、現在の日野山のことだそうです。
きっと雪がたくさん降って寒かったことでしょうね。
ちなみに、小塩山は京都にある山なんですね。
越前の山から「雪」をキーワードにして、京都の山に思いを馳せる、
何だか素敵ですよね。
私の住む地域では、山が見えないので、山が見える場所に旅行に行くと心がとても解放される感覚を思い出しました。
和歌の詳細については、こちらのサイトがとても分かりやすいので引用しておきます。
さて、駆け足ではありましたが、以上が今回出てきた和歌の解釈になります。
和歌を解釈すると、当時の色々なことが分かってとても興味深いなぁと感じます。
ドラマの展開も段々面白くなってきて…
次回も楽しみにしています。
長々と書いてしまいましたが…
最後までお読みいただきありがとうございました😊