もつこ

小説の冒頭だけを書きます。書きたいので。

もつこ

小説の冒頭だけを書きます。書きたいので。

最近の記事

喫茶店にて

死ぬのには何か理由がいるんだろうか。 きっかけとか、重大な何かが。 そんなものもなく、いつでも、フラットに、 ニュートラルに、 私は死にたかった。 にもかかわらず、今コーヒーを飲もうとしている。 死のうとしているのに? なんだか滑稽だが、コーヒーを飲みたいのも死にたいのも自分の中にある事実だ。 事実だなんて、それはなんて儚いものだろう。 子供と呼んでいい歳ではないのだから、そんな認識からは離れるべきだ。 真実も事実もこの世には何一つない。 そしていくらでもある。 それ

    • しにたいがしかに

      今この文章をサンマルクで書いている。 職場でメンタル崩壊し、号泣、病院に行くからと、早退した末に生活自立支援センターに向かった。 生活保護のことは少し前から考えていた。 こんなに感情が不安定な自分には働くなんて到底無理だ、としか思えなくなっていたからだ。 直接役所に行ったのではなかったのは、以前退院後急遽クビになった際に頼ったのがそこだったからだ。 たしか生活保護の話も出ていた気がした。 朝職場にぐちゃぐちゃした気持ちのまま行った。 予想通り、頭もぐちゃぐちゃでプリントの

      • しぬまえ

        これは今心療内科に行くタクシーの中で書いている。 仕事は2日連続で休んだ。 婦人科系の病気のせいにした。 そうすれば生理休暇という形にできるかもしれないと考えたからだ。 私の脳ときたらもうボロボロで、 死ぬことばっかり考えている。 その割に死にそうな人間には 生きるように言っている。 自分も死にたがりの1人でしかないのに。 今年の5月からの二ヶ月間の入院は、それなりに効いた。 だから多分そのあと少し働けたし、まだ生きてるのだと思う。 それでもなんとかやり過ごそうとするに

        • いない

           みんなどこに行ったんだろう。ガランとしたオフィスを眺めながら由紀は思った。まだ午前中の早い時間で、いつもなら話し声やタイプの音があちこちから聞こえてくる頃合いだ。ついさっきまでは確かにいた。皆いた。由紀がトイレに立って戻ってくるまでの数分間でオフィスはすっかり静まりかえり、PCの画面があちこちで今まさに落ちつつある。  もう一度、時計を見る。やっぱり10時半になろうというところだ。何があったんだろう。何か、あったんだろうか。  もしかして今、由紀は考えがとんでもないところに

          ちいさなせかい

           彼女ほどきれいで、かわいくって、強い人を私は見たことがない。  小山内夏海は、私の幼稚園からの同級生、幼馴染である。まだいまいち人間としての顔を確立していない園児たちの中で、彼女だけは匂い立つような瑞々しい美しさをたたえてジャングルジムに存在していた。  郊外と田舎の中間、煩わしいほどの人との距離も、人込みもないようなとある市に私は生まれた。都会すぎない、しかし、誰にも見つからないような僻地ではないところに夏海が生まれたのはいわば必然なのかもしれない。彼女という神秘が美しく

          ちいさなせかい

          社員食堂

           食事が作業であってはいけないと思う。 あわただしく食事を終える同僚たちを眺めながら池崎葵は周囲に気付かれない程度に眉根を寄せた。そこそこの広さがある社員食堂に、そこそこ人が入っている。皆が絶え間なく箸だのスプーンだのを動かしておりせわしない。手が止まっているのは残念ながら話が長いことで有名な課長に捕まっている若手だ。相槌を打つのに必死な様子だが、その一分一秒の間にも手元のうどんは熱を失い、伸びていっているのにと説教したくなる。 「お待たせ」  なーんかみんな忙しそうだねえ、

          社員食堂

          桜の下

          満開の桜の下に、高崎さんはいた。 「高崎さん」 「園田さん」 「こんにちは。お花見ですか?」 「待ってるの」 高崎さんはふんわりと笑いながらこっちを見た。笑った。あの高崎さんが。 「会社と、なんか、違いますね」 「ここ、会社じゃないから」 それはそうだけど。 高崎さんはうちの会社じゃ有名だ。美人だから。そして怖いから。 どこかの保育園から子供たちが運ばれてきた。 「毎年あの園はこの時期お花見にくるの」 「おおきくなったわね」 鎖骨まである髪を耳にかけながら、

          昼下がり、

           また間違えた。さっきミスをした年度の部分はクリアしたのに。難所を乗り越えた油断か。そもそも大学の専攻名は何故こんなに長ったらしいのか。書き損じた箇所からようやく目を離し、かたいソファーに背をつけた。そうとう力を入れていたのか、体の強張りがとれるのがわかる。詰めていた息を吐き出し、何気なく横を見ると右隣の客と目が合った。どうやら少し前からこちらを見ていたようだった。気まずいので手元の履歴書に目を落とす。また名前から書き直しか。  もう一度顔を向けると、再び目が合った。  こう

          昼下がり、

          青みピンクってなんだよ

           世の中には色があふれかえっている。ファッション業界は毎年新しい色を作り出しているんじゃないかってぐらい知らない色の名前を耳にする。それにしても、と宮木透子はクラスの女子の喧噪に囲まれながら考える。青みピンクっていうのは、ピンクなのだろうか、青なのだろうか。ピンクに青色が入るとそれはもうピンクとは呼ばないのではないか。数ある色の中でもピンクが最も苦手な色だ。種類が多すぎる。サーモンピンクはオレンジじゃ駄目なのだろうか。クラスメイトが通学バッグに様々な色のマスコットをつけて、せ

          青みピンクってなんだよ