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社員食堂

 食事が作業であってはいけないと思う。
あわただしく食事を終える同僚たちを眺めながら池崎葵は周囲に気付かれない程度に眉根を寄せた。そこそこの広さがある社員食堂に、そこそこ人が入っている。皆が絶え間なく箸だのスプーンだのを動かしておりせわしない。手が止まっているのは残念ながら話が長いことで有名な課長に捕まっている若手だ。相槌を打つのに必死な様子だが、その一分一秒の間にも手元のうどんは熱を失い、伸びていっているのにと説教したくなる。
「お待たせ」
 なーんかみんな忙しそうだねえ、とぼやきながら葵の前に事務の制服を着た若い女が座った。
「カレーにしたんだ、結局」
「葵がカレーだって言ってたから引っ張られた」
 へらっと笑う彼女は葵と同期入社の事務、野中柴乃だ。企画部に所属する葵とは働くフロアが違うが、一律で昼休憩に入る事務の柴乃に葵が合わせて、毎日昼食を共にとっている。
 スプーンを手にする相手に合わせて葵も自分の弁当箱を広げた。中は、昨日作ったカレー。
「あーいいな、そのカレー」
自身も食堂のカレーを口に運びながら柴乃が羨ましがった。
「食堂のカレーも美味しいじゃん。あつあつだし」
「うん、おいしい」
「玉ねぎを二回に分けていれるのがポイントらしいよ」
 周囲の喧騒もそっちのけで二人はそれぞれのカレーに舌鼓をうつ。食事の時は、食事を思いっきり楽しむ。それが葵と柴乃のルールであり、二人が関わり合う共通点となった信条だ。
「やっぱさぁ、食事が作業になっちゃいけないよね」
 柴乃を待ちながら頭の中に浮かんでいた言葉を口にした。
「いつも言うよねそれ。ご飯はおいしく食べないとね」
「にしても、なんでみんなこんなに忙しそうなんだか」
「四月だからじゃない?」
 大きめのジャガイモを嬉しそうに頬張りながら柴乃が返した。
「あーそっか四月か。知らない顔の人、多いと思った」
「春キャベツのポトフ食べたい」
「春キャベツはそのままでも柔らかいからサッと火を通すのがいい」
「じゃあパスタとかかな」
 今口内を満たすスパイシーさとはまた別のピリリとした辛味が葵の頭をめぐった。
「春キャベツのペペロンチーノ」
 柴乃はその言葉を聞くや否や輝く瞳を葵に向けた。がやがやとする社員食堂のなかで、二人はカレーをおいしく食べている。その一方では脳内でペペロンチーノの味を想像している。
「何曜日?」
 前置きなしに柴乃が聞く。
「明日だね」
善は急げとばかりに明日の夕食のメニューが決まった。

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