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いない

 みんなどこに行ったんだろう。ガランとしたオフィスを眺めながら由紀は思った。まだ午前中の早い時間で、いつもなら話し声やタイプの音があちこちから聞こえてくる頃合いだ。ついさっきまでは確かにいた。皆いた。由紀がトイレに立って戻ってくるまでの数分間でオフィスはすっかり静まりかえり、PCの画面があちこちで今まさに落ちつつある。
 もう一度、時計を見る。やっぱり10時半になろうというところだ。何があったんだろう。何か、あったんだろうか。
 もしかして今、由紀は考えがとんでもないところに終着したと感じた。
 もしかして今、この世界には私しかいないのかもしれない。
 そう思うと目前の空席たちが妙な実感をもって由紀に迫ってきた。揚げ足とりの池田さんも、フォローの達人の飯野さんも、頼りになるかならないかの境界線上でうろうろしている横鳶課長もいない。
 自席でぼーっとしている場合ではない、外を確認せねばと思い至って立ち上がる。由紀はいつもどこか現実離れしてゆっくりしているが――そういうところが池田さんのつけ入る隙になる――この時ばかりは少しだけ立ち上がる動作に俊敏さが見られた。
 突如、甲高い着信音が鳴り響いた。由紀は目線を斜め前の電話に向ける。
 この世界には今、私しかいない、わけじゃない。
 安堵とともに新たな不安を覚えながらそうっと受話器に手を伸ばす。
「もしもし?」
意図せず、訝るような口調になってしまう。
「もしもし、こちら迷子案内サービスです」

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