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わたしのことば。こだわりと、

わたしは、ひらがながすきだ。
ただ、漢字で書きたいものもある。
例えば、わたしは「好き」よりも「すき」を選ぶ。柔らかく優しく伝わるような気がするし、わたしが想う「すき」は、「好き」よりも「すき」の方が近い気がするから。わたしがその人のことを想う時間は、「すき」でありたいとも思う。「好き」よりも「すき」のほうが、安らぎの時間にもなっているようで、それが相手に伝わっていたらいいなといつも思っている。そんな、遠回しな愛が伝わるとも思えないけれど、もし伝わっていたとしたら、受け取ってくれていたとしたら、きっとその人も、わたしと同じだと安心できる。




わたしは、鬱になった。不安神経症になった。
それからというもの、人が怖くなり、伝えることも、関わろうとすることも、自分を見せることも以前より怖くなった。恐怖といったほうが近いのかもしれない。

わたしは、元々LINEでもSNSでも、絵文字をあまり使う方ではなかった。ただ、冷たいと勘違いされそうだなと思うときや、より気持ちを表現したい時、意味を持たせたいときは絵文字を使っている。

ただ、鬱になってから、不安神経症になってから、ことばに気を遣えなくなることが増えた気がしていた。冷たく感じ取られていたり、誤解なくちゃんと伝わってるのか、意味を考えれば考えるほど怖くて仕方なくなる。だから、すぐに送ったものを消してしまい、逃げたことがここ数日でも数え切れないぐらいあった。ネガティブなほうへいってしまうから、考えることから、自分のことばから逃げてしまっていたのかもしれない。

そのことに気がついてからは、少し嘘をつくようになった。誰かに気持ちを伝える時も、自分のことを話す時も、ネガティブに伝わりすぎないようにと、そんな元気もないのにびっくりマークをつけたり、笑えてなんていないのに、笑とつけるようになった。悲しいことを話す場面でも、絵文字なんて使う余裕がなくても、💦だったり、😭、😢だったりをつけるようになった。その方が、少し受け取る相手が楽だと思ったから。

わたしがその少しの嘘をつくことで、相手がわたしの気持ちを重く感じとることを、すこしでも減少できてるのかな、と思いたい。そうまでして、私のすきなひとを、大切に想いたいのだ。

このnoteを書く少し前にDMを送った。
今回は送信取り消しをしないと決めて。

書いている途中、いいねがきた。
それだけで、涙がでた。

今のなみだは、うれしくてあたたかくて、優しくしてくれる相手への気持ちが溢れた涙だ。





今は、ネガティブなことが多く、そう感じてしまうことがほとんどで、わたしのことばを読んでくださる方にも、もしかしたら重たい気持ちにさせてしまっているのかもしれない。

そういう書き方しか、今はできないけれど、私なりのことばで、伝え方で、大切な人を想う力で、これからも、自分自身のことばのこだわりを貫きたいし、時には修正したり、人を想い、変えたりもしながら、これからも大切な人と気持ちを交わせるよう、そして優しいことばを扱える人間になれるよう、努力していきたいなと思います。

私のnoteを、すきだと言ってくださる方はきっと、わたしもだいすきなひとだから。おんなじだと思うから。


読んでくださる方、コメントをくださる方、どんな手段でも伝えてくださる方、このnoteを開いてくださった方、みんながだいすきです。


わたしは、病気が少しよくなったら、自分と似たような、そしておんなじような人を探しにどこかへ出かけたいです。

そして、色々なはなしがしたいです。


いつか、どこかで、わたしと出会ってくれる方が、此処にもいてくれたらいいな


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