安佐川みずき

かたちのないものを流れの中から汲み取るひと。思念表現者。時代の語り部。記憶を旅する開拓…

安佐川みずき

かたちのないものを流れの中から汲み取るひと。思念表現者。時代の語り部。記憶を旅する開拓者。支流クリエイター。居場所を探す旅人。秩序の中の原理発見者。表象ソムリエ。点と点をつないでナラティブを描き出す。"すべての人の感情は繋がっている" "心の傷を慈しみ合える世界を"

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悠里子へ

 お久しぶりです。最後に連絡もらったの、いつだったかな。なんとなく就職決まったみたいな話は聞いた気がするから、15年前くらいかな。(なんか、ちょっとした思い出を数えてみると大体10年以上経ってることが増えてきて、うちらも30代になったんだなと最近よく思います。ゆりこはそんなことない?)  ゆりこのことを考える時、わたしの頭の中も小学生に戻っちゃうから、どんな言葉遣いで書いていいかよくわかんなくて、ぎこちなくてごめんね。  この前、久しぶりに島本の家に帰ったんだ。おじいちゃ

    • 変わらないもの

       「お世話になりました。・・・ありがとう」  もはや誰も住んでいない実家を去る直前、閉じられた仏壇の横をすり抜け、和室の掃き出し窓から庭に出て、振り返って自室のあった2階を見上げた時、わたしの口の中からこの言葉がこぼれて宙を舞った。  かつて芝生が敷かれていた庭は、今はもう雑草防止のコンクリートで固められていて、スリッパの下でざりざりした感触がする。それでも、芝生の上に広げ水しぶきをあげて遊んだビニールプール、ステテコ姿でゴルフの素振りをする祖父の姿、小学校の宿題で庭木に水

      • 終わりのはじまり

         わたしが小学校二年生の冬。両親が高速道路を交代で運転して、年に二回は日帰りでスキーに行くようになって、数年が経っていたと思う。  お正月明けのその週末は運良く三連休になっていて、祝日の月曜の朝六時に家を出て、渋滞を抜けてスキー場に着いたのが八時頃。そこからたくさん滑って、帰りも渋滞に遭って、夜八時過ぎにやっとサービスエリアで夕飯を食べた。わたしと弟は普段は必ず夜九時にベッドに入るよう言われていたから、九時を過ぎても外にいるという非日常に興奮して、スキーの思い出をより一層楽

        • 帰省

           誰かに呼ばれたような気がして、はっと目を醒ました。  辺りを見回すと、先程と特に変わった様子は無い。殆ど無人の車内に、高速で線路を駆ける列車の車輪の音が響き渡っている。  ―――ここは一体何処だ?  ふと嫌な予感に囚われた。車窓に映る緑は何の風景も見せてはくれない。慌てて背後の窓を振り返ったが、窓の外には木々の枝がひしめいているだけで、五月の光を受けた緑の濃い葉以外は何も見えなかった。  「………」  体を元に戻しながら、私は嘆息した。どうやら寝過ごしたらしい。いくら久しぶ

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        記事

          赤のパプリカ

           縦に連なって歩く私たちの横を追い越した軽トラが、石造りの立派な門の前で減速して、ゆるりと中に入って行った。門の中には大小様々な木が並んでいて、真っ青な空をギザギザに切り取っている。門柱から玄関の入り口までは、都会の保育園の園庭くらいは充分にある。赤い瓦屋根がエレクトーンのように重なり、こちら側のほとんどの壁は格子模様にガラスの嵌った引き戸が占めていて、ところどころ開いていたり閉まっていたりしている様子は織物のようにも見えた。  「すごい、映画みたい・・・」  思わず声が

          赤のパプリカ

          家族旅行の夢

           ガイドブックによると、ブダペシュトという街の名前は、ドナウ川西岸のブダという街の名前と、東岸にあるペシュトという街の名前を合体させたものらしい。家族で中欧3ヶ国を巡るツアーに参加し初めて訪れたその街は、その名の通りドナウ川こそが街の中心で、西岸の高台から川につきだしている王宮と、東岸の川辺からドナウ川に向かって立っている国会議事堂は、互いに見つめ合う恋人同士のようにも見えた。  午後5時、太陽が傾きかけた時間の、ペシュトの一角にあるレストラン。店内は賑やかな音楽がかかって

          家族旅行の夢

          満月

           カチャン。そっと回したはずの玄関の鍵が、寝静まった家の中で思ったよりも大きな音を立てた。扉を開けて外に出ると、まだ満月が空を高く照らしている。 「何分の電車かいね」 「5時半」  頷いた父親が先に玄関先の門扉を開け、階段を降りて車に乗り込む。3週間前に父と私で代わる代わる運転して広島まで連れてきた、川崎ナンバーの白のアウディが、閑静な住宅街に獰猛な低音を響かせる。  高校時代も、こうして毎朝駅まで車で送ってもらっていた。朝練のある日でも流石にもう30分遅かったし、運

           世界には1枚の鏡がある、と遥奈は思っていた。  いつ見ても水平で、鋭利な光りが跳ね返ってくるだけの鏡。いや、ただの鏡ではない。マジックミラーなのだ。きっとあちらからこちらは、透けて全て見通せるに違いないのだ。  日常生活で壁――あるいは鏡かもしれないが――に出会った時には、必ず部活に出るようにしていた。今もこうして、もう泳ぐには冷たくなり過ぎたプールに身を浸している。  例えタイムが伸びなくても、どんなに水が冷たくても練習が厳しくても、彼女は秋冬のプールが好きだった。

          パートナーのこと

           背が高い。よくわからないけど、たぶん180cm以上あると思う。比較的小柄なわたしと並ぶと30cm以上差がある。たまに私のオートバイの後ろに乗せることがあるんだけど、前から見ると私の黄色いヘルメットの上に彼の赤いヘルメットが縦にきれいに並んで、串だんごみたいになる。前の車の運転手がバックミラーを指差した後に、助手席の若いお姉さんがこちらを振り返って笑ったことがある。  そんなにガタイはよくなくて、肩幅は狭くて、胸板は薄くて、足は長いけどお腹だけぽこっと出ている。毎晩のように

          パートナーのこと

          登りたい山のタイプと、得意な時間軸

          私は、仕事をする上で一人一人に得意な「山の登り方」と、得意な時間軸があると思っています。「山の登り方」は成果を出すためのアプローチ方法、得意な時間軸は成果を出すためにかける時間の長さです。 例えば、デイトレーダーと呼ばれる人たちがいますが、日々の株価の値動きをみて瞬時に売ったり買ったりするこの仕事の成果までの時間軸は1日単位、もしかすると数時間単位かもしれません。山のタイプも、どちらかというと富士山のような雄大な山というよりは、角度は急でも比較的小規模なアップダウンを日々登

          登りたい山のタイプと、得意な時間軸

          名取

          *この文章は2011年9月8日に書かれたものです。  当事者と接する今では使わない、配慮を欠いた言葉遣いも散見されますが、あえてそのまま掲載します。 どこへ行こう、と考えた時に、 名取へ行こう、と思った。 そこがどこにあるのかもよくわかっていなかったが、 あの日、のどかな春の日を満喫していた広島で、 「津波」というものを初めて、生中継で見た。 茶色く膨大な海が、名取川をぐんぐんと遡上し、 堤防を決壊させ、 広大な農地をものすごいスピードで海へと浸していく映像に、釘づけになっ

          くるんと「す」の字

          「最近、ことだま診断に興味があってさー」 画面越しに久しぶりに対面した彼女はページに目を落としながら、「みずきって、らしくて良い名前だね」と呟いた。 「そうなの?」 「うん。"み"は流れる水で。ひとところに留まらない、くっついたり淀んだりしない、サラサラしたみずきちゃんらしい感じ」 「あー・・・確かに。あんまり愛着とか持たないから、私って冷たい人間なのかなって思うこともあるけど、それが私って感じもする」 「でしょ。」 彼女はにっこりしながら大きく頷いた。 「それで

          くるんと「す」の字

          広島弁のFragment

          「まだやっとってです?」 21時すぎに扉を開けた、裏通りの小さな居酒屋。食べログで評判が良いけぇ来たんじゃけど、BGMもほとんど鳴りよらんし、表には「ただいま休憩中」の札が置きっぱなしになっとる。何しろどこへ行っても感染症対策のご時世で、わたしが暮らす都会ではまだ時短営業をしている時期だった。 「はいはい、1名さんね。そこへどうぞ」 このイントネーションを、どう文字にすれば良いんだろう。関東だったら恐らくそ↑こ→へ↑、と言うところを、この地域の人はそ↑こ↓へ↑、と真ん中

          広島弁のFragment

          稽古場

           打ちっ放しのコンクリートでできた吹き抜けに、実希子が手を2回叩く音が響いた。 「はい!いったんここで切ろっか。・・・みずき、今のどうだった?」  畳とビールケースで作った簡易セットの上にいた、細身の男性とがっしりした男性が、ふたり揃って視線をこちらに向ける。 「んー・・・なんか全体の雰囲気は良かった気がしてて。久しぶりにばったり会っちゃった兄と弟が、なんとなく気まずいんだけど沈黙の方が気まずいからなんか会話しないと、みたいな感じが出てて」 「ふむふむ」  隣で栗色

          ごらんよ空の鳥

          「校長先生。今読んだこの話、おかしくないですか?」  窓際の一番前にいたまきちゃんが手を挙げて、黒いベールをかぶったシスターは白いチョークを止めてこちらを振り返った。 「木下さん。例えば、どんなところがおかしい?」  まきちゃんは黒板の横に掲げられた“神様はなんてよいお方”という創立者の言葉をチラっと見て、それからまっすぐな声で言った。 「神様がそんなにいい人なら、なんでこの人は最初に酷い目に遭わないといけなかったんですか」  ついさっきまで教室の半分以上が机に突っ

          ごらんよ空の鳥

          紺色の中原中也

           ウィィィィーンという音がして、黒いディスプレイが水色を映した。太い黒で縁取られた窓枠の中に、4色が彩られたロゴ。  居間のパソコンとクーラーのスイッチを押してから、自分の部屋で私服に着替える。居間に戻ってきたところで起動音がしたので、急いで四角い箱の前へ。父親の名前の下の欄に、教えてもらったパスワードを打ち込むと「読み込み中...」へと表示が変わる。この間にキッチンへ行って冷蔵庫から麦茶を取り出し、ガラスのコップに注いでから一気に飲む。  何度か麦茶を飲み干しているうち

          紺色の中原中也