ごらんよ空の鳥
「校長先生。今読んだこの話、おかしくないですか?」
窓際の一番前にいたまきちゃんが手を挙げて、黒いベールをかぶったシスターは白いチョークを止めてこちらを振り返った。
「木下さん。例えば、どんなところがおかしい?」
まきちゃんは黒板の横に掲げられた“神様はなんてよいお方”という創立者の言葉をチラっと見て、それからまっすぐな声で言った。
「神様がそんなにいい人なら、なんでこの人は最初に酷い目に遭わないといけなかったんですか」
ついさっきまで教室の半分以上が机に突っ伏していたのに、今はほとんどみんな顔を上げている。真顔で頷く頭もあれば、面白いことが始まったぞと言わんばかりに二人の顔を見比べている顔、困ったように聖書とにらめっこを始める目とさまざまだ。
「それもそうねえ。木下さんはどう思うの」
「もし私が神様で、いい人だったら、最初にこの人を酷い目には遭わせないと思います」
教室の全員と同じ濃紺のワンピースを着た老シスターは微笑んだ。
「そう、木下さんがもし神様だったら、そうするの。他の人はどうかしら」
予想外の展開に目が泳いでいた私は、机5個分離れたシスターからのいたずらっ子のような視線にバッチリ捕まってしまった。
「安佐川さんは、どう? あなたが、もし神様だったら」
教室中の視線を感じる。振り返ったまきちゃんのまっすぐな目線が、今度はわたしに飛んできている。
「え・・・と、わたしが、もし神様だったら・・・こんなことしてないで戦争を無くします」
教室中がどっと笑う。わたしは顔中が一気に火照るのがわかり、俯いた。
「それはいいわねぇ。安佐川さんの神様」
滲んだ目でそっと顔をあげると、変わらぬ微笑みのシスターと一瞬だけ、また目が合った気がした。