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甘野充のオススメnote

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2023年9月の記事一覧

掌編小説 | 罵倒教室

「名前はルイといいます。30代前半の男性、会社員です。会話の中では、家庭環境のこと、両親のことには触れないでください」  こんな風に自らを紹介した男は、一週間限定で私の講師となった。  心の穴を埋めたい私が選んだのは「罵倒教室」。講師はアイコンを見る限り、紹介どおりの年齢の男性に見えるが、文字のやり取りだけで真実を判断することは不可能だ。  土曜から始まった罵倒教室は、最終日を迎える今日、対面で行われる。この最終試験をパスしたからといって何か肩書が付くわけではない。ただ人を

老いの繰り言侮れず

 戦闘で戦死する率は古兵よりも新兵の方が遥かに多いという。それは実戦経験の豊富な古兵ほど何度となく死地を脱して生き残っているうちに、危険に対する本能が研ぎ澄まされ、身を守る咄嗟の行動が機敏になるが、初めて実戦に臨む新兵の場合は、恐怖と戸惑いから判断力を失い、突発的な行動に走る結果、いたずらに命を落とすことになるものらしい。  何事につけても言えることだが、頭で理解している知識だけではうまく事を運ぶこ とはできないものである。その意味において、経験豊富な人の体験談は侮れない。

女子会と喫煙所は似ているという話

吾輩は猫を被るニンゲンである。名前はぽん乃助という。 女子会と喫煙所は一見非なるものだが、本質は似ているという話をしたい。 先日、仕事でイベントを開催した際に、私を含め10名ほどで午前中から準備を進めていた。 その10名は同じ会社に所属するメンバーではなく、3社から老若男女が集まった状況であり、お互い気を遣いながら準備にあたっていた。 一番下っ端であった私は、会場内のレストランの席を予約し、午後から始まるイベントの前に打合せと称したランチ会を開催した。 年齢は30歳

観光客の顔をして地元を歩く

夕暮れ。昼間の暑さの尾を引いたまま、生ぬるく湿った風が裾を揺らす。湖独特の、ぬるっとしつつも爽やかに濡れた匂いが身体を包む。その匂いがなんだかよそよそしく感じられて、ああ、ここは私の「帰ってくる」場所になったんだなあ、と思った。だけどもう、「帰る」場所ではない。 湖岸の道は犬を散歩させる人、凧を揚げる人、湖を眺める人たちで案外賑わっている。きっとこの人たちのほとんどが地元民なのだろう。かつては彼らに仲間意識を感じていたはずなのに、今はなぜか近づきがたい。壁を感じる。決して分

エッセイ : 欧州で食べた朝ごはん 1 / 朝からチョコレートを食べるオランダの朝ごはん

1990年、僕は仕事でオランダのアムステルダムに1ヶ月滞在した。 夕方、アムステルダムのスキポール空港に到着し、 その日はそのままアムステルダムのホテルにチェックインした。 僕は日本のコロッケの起源と言われているオランダのクロケットが食べたかったので、ホテルのフロントでレストランを教えてもらい食べた。 日本のコロッケとは殆ど同じものだが、日本のコロッケと違い形は卵みたいな形をしていた。そして、 味はスパイシーなコロッケという感じで美味しいと思った。 時差ボケで眠れないかもし

《ニンゲン》には指しにくい手

久しぶりに『将棋ネタ』を書きましたが、そのほかの話題も派生的に浮かんできます。 将棋界で今は普通に使われていて、けれどなんだか『異世界的な言葉』があります。 それらの言葉には、《ニンゲン》という単語が入っています。《人間》というよりやはり、《ニンゲン》と綴りたい。 『ニンゲンには指しにくい』これは、ABEMAなどで棋戦中継を見ていると、解説のプロ棋士の口から時折出ます。 画面では、AIの判定による有力な『次の一手』が5例ほど示されるのですが、その中に、たまに、 「いやあ、

静かな風 《詩》

「静かな風」 君は僕を利用していた  そしてまた  僕も君を利用していただけに過ぎないのかもしれない 言い方が悪いね 少し変えよう 君は耐え難い日常を壊す為に 僕の非現実的な 思考から来る言動と行動を欲した 僕もまた 君の葛藤と煩悶の闇の中に 誰にも表現しえ無い 刹那を感じ惹かれていた それは最初から わかっていたのかもしれない 君も僕も  僕たちふたりの話は  もう終わりに近づいていた 気付かないふりをしてる僕の前に 黙って時計を見つめる君が居た

ヤクソク

嘘なんて つきたくなかったのに 嘘になってしまった ヤクソク ヤケクソに 似てる

絵画 『ふわり』

泡のように ふわりと 浮かんで 消えてゆく そんな日々でも

意識の隙間 《詩》

「意識の隙間」 何処にも行き場所の無い 気持ちの羅列を眺めていた それは心の中を いつまでも彷徨い続けた 人間万事塞翁が馬と 書かれた旗を持って歩く老人 すれ違い様に目が合った 僕は煙草が燃え尽きるまでの時間  君に恋をしていた もうその娘の名前すら思い出せない 意識の隙間ひとつひとつに 開きっぱなしの本の同じページを 何度も何度も 独りで読み返していた僕が居る 僕は何処で間違えたのだろう 僕等は同じホームから 逆向きの電車に乗って別れた 途切れ始めた