コナン・ドイル『勇将ジェラールの回想』 ナポレオン麾下の快男児、戦場往来す
ホームズもので後世に名を残したコナン・ドイルは、しかし歴史小説家を志向していたことは、ファンには良く知られています。本作はそのドイルの歴史小説の代表作、ナポレオン麾下で活躍した豪傑エティエンヌ・ジェラールの痛快でユーモラスな回顧録です。
ナポレオン・ボナパルトが皇帝として欧州に覇を唱えていた頃、その麾下の軽騎兵第十旅団の名物男として知られたエティエンヌ・ジェラール。ナポレオンには忠誠無比、ナポレオン軍きっての剣豪として知られ、情誼に厚く女性には騎士道精神で接する――しかし一本気で失敗も多い、八方破れの快男児であります。
本作はナポレオンの快進撃から数十年後、今は年老いて隠居状態のジェラールが語る、戦場往来の回顧譚という趣向の、全八話の連作集です。
(横溝正史の『矢柄頓兵衛戦場噺』に近い趣向――といえば、歴史時代小説ファンにもわかるでしょうか)
連隊本部に出頭する途中のジェラールが、ある男爵を探す青年将校と出会い、助太刀として男爵の城に乗り込む「准将が≪陰鬱な城≫へ乗りこんだ顛末」
皇帝ナポレオン直々に呼び出され、謎めいた密命を受けたジェラールが、夜の森で謎の刺客たちと斬り結ぶ「准将がアジャクショの殺し屋組員を斬った顛末」
負傷から原隊復帰する途中、ゲリラの罠にかかって絶体絶命のジェラールの前に、思わぬ救いの手が現れる「准将が王様をつかんだ顛末」
イギリス軍の捕虜となり牢獄に囚われたジェラールが、不屈の闘志で脱走はしたものの、紆余曲折、皮肉な顛末を辿る「王様が准将を捕えた顛末」
脱走兵を集めて一大勢力を築いた「ミルフラール元帥」なる人物を討伐に向かったジェラールが、旧友と共に挑むも思わぬ苦戦を強いられる「准将がミルフラール元帥に戦闘をしかけた顛末」
ロシアでの大敗後、周囲の雲行きが変わる中で、ドイツを味方に留めるための親書を手にしたジェラールの苦闘「准将が王国を賭けてゲームをした顛末」
ナポレオン直々に親書を託され、敵陣の真っ只中を突っ切ってパリへ向かうよう命じられたジェラールが、大奮戦するもその先に待っていたのは――という「准将が勲章をもらった顛末」
ナポレオン軍の劣勢が続く中、二人の仲間とともに、ナポレオンから極秘の文書を託されたジェラールが、文書を狙う敵と激突する「准将が悪魔に誘惑された顛末」
時代背景的には1807年から1814年頃まで、まさにナポレオンの絶頂期から没落までの期間に当たりますが、物語はそうした情勢を背景にしつつも、そのまっただ中で活躍した、しかし歴史に残らないジェラールの姿を活き活きと描きます。
どのエピソードも短編ながら、ジェラールだけではない個性的なキャラクター(特に中盤に登場するイギリス軍のラッセル准男が実に愉快)を配置し、起伏と意外性に富んだ展開で、大いに物語は盛り上がります。
特に意外性という点については、多くのエピソードでドンデン返しが用意されており、ナポレオンが登場する際には、毎回この人物の端倪すべからざる姿が、ジェラールの目を通じて描かれるのも興味深いところです。
(ついでに、いきなりボクシングネタが登場するのもちょっと楽しい)
しかしそんな物語の中で、ジェラール自身は決してスマートな英雄ではなく、いたって単純な荒武者として描かれているのが、本作のユニークな点でしょう。実を言えば、我々第三者の目から見ると彼は明らかにナポレオンや高官たちに利用されているのですが――しかしそんな周囲の思惑もなんのその、思わぬ軍功をもたらす姿には、彼自身の極めて陽性のキャラクターも相まって、何ともいえぬおかしみと痛快さがあります。
イギリスの読者にとっては(百年近く前の出来事とはいえ)敵であったフランス軍人の活躍を描く物語が喝采を以て迎えられたのは、実にこのような点に拠るのでしょう。
しかしその一方で、一瞬前まで生きていた戦友が簡単に命を落としていく姿や、兵隊が華々しく戦う一方で蹂躙される土地の人々といった、戦争の重みを物語の中できっちり描いてみせるのは、やはりドイルの作家としての巧みさといってよいかと感じます。
さて、本作は先に述べた通り全八話で完結しますが、続編として『勇将ジェラールの冒険』が刊行されています(『回想』『冒険』の順がホームズと逆なのがちょっと混乱しますが……)。
准将のさらなる冒険についても、いずれまたご紹介したいと思います。