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羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』 生き残った男・平頼盛の探偵行


はじめに

 平家の隆盛から源平の合戦、鎌倉幕府の成立と、激動の平安時代末期――平清盛の弟でありつつも一門では主流派とは異なる位置を占め、壇ノ浦以降も生き残った平頼盛を探偵役とした非常にユニークな時代ミステリ連作です。

 平忠盛と池禅尼の間に生まれ、平清盛の異母弟でありつつも、出自という点では清盛よりも上の人物であった平頼盛。それが作用したか、あるいは後白河帝との距離の近さが災いしたか――頼盛は、清盛の子らとともに政権を支えつつも、幾度となく解官され、平家一門の都落ちの際には、ただ一人京に残ることとなりました。その後、母が頼朝を助命した縁で彼を頼って鎌倉に暮らし、そして再び京に戻り……

 と、激動の、そして平家の中でも異端というべき人生を送った頼盛ですが、後世に残る事績がほとんどないためか、知名度は高くなく、フィクションで扱われることも少ない人物です。(森谷明子の『葛野盛衰記』くらいではないでしょうか)
 本作はその頼盛を主人公――それも探偵役に据えた、何とも独創的かつ意欲的な連作歴史ミステリです。

「禿髪殺し」 嘉応元年(1169年)

 平清盛が市中に放ち、平家への批判を告げ口させたことで、人々の畏怖と嫌悪の大正だった禿髪。その一人が無惨な亡骸となって発見されたことを知った頼盛は、真相究明を手柄として復官すべく、調べを始めます。
 被害者といるのを目撃された老女の存在を知り、彼女の話を聞いた頼盛は、その内容に矛盾があることに気付くのですが……

 人々から大いに恨みは買いつつも、逆らえば後難が恐ろしい禿髪。そんな相手を、誰が、何故殺したのか? さらに隠す場所もあったのに、そして晒すには辺鄙な現場で、何故遺体が放置されていたのか? 本作ではこれらが大きな謎として提示されます。
 一方、本作が探偵役としてのデビューとなる頼盛ですが、幼い頃から鳥辺野で(六波羅は鳥辺野とほぼ同地域)、屍や骨を調べて遊んでいたため、今でいう検視の心得があるという設定。一見雅やかな彼にそんな顔があるのもユニークですが、探偵役を務める理由が、解官から復帰するためという非常に俗なものなのも印象に残ります。

 正直なところ、事件の謎解き自体はあっさりしており、その先のさらなる真相についても、すぐに内容は予想がつくのですが――圧巻はその先。まさか、××が存在する本当の意味が、そんなところにあったとは――! 
 一つの真相の先にさらなる真実が、というのが本書の収録作品の基本スタイルなのですが、ここで描かれるある人物の企てには、頼盛でなくとも愕然とするほかありません。

「葵前哀れ」 治承三年(1179年)

 またも解官されてしまった頼盛を方違え先に招いた高倉天皇。突然の招きが、かつて帝が寵愛した葵前の死の真相を解き明かすためと知った頼盛は、己の知恵と知識を振り絞った推理を披露することになります。
 しかしその度に、高倉天皇から理由を挙げられて推理を否定される頼盛。追い詰められた末に、頼盛が最後に辿り着いた真相とは……

 高倉天皇に深く寵愛されたという葵前。しかし周囲の目もあって帝から遠ざけられた末、実家に戻った数日後に儚くなってしまう――本作は、平家物語にも記された彼女の最期に疑問を抱いた帝の依頼を受けて、頼盛が真相を推理するという一種の安楽椅子探偵ものです。

 しかしまたも復官の足がかりにという下心から引き受ける頼盛ですが、ほとんど全てが帝からの伝聞のみという中で、さすがに苦闘を強いられることになります。
 何しろ帝からの情報は後出しの連続。その時までの情報では正しい推理であっても、後から追加される情報で次々と否定されるのですから、頼盛でなくとも内心ツッコミたくなるところです。しかし相手には絶対反論はできず、さらに気分を害するわけにもいかない――探偵にとって、これほど手足を縛られたような状況も珍しいかもしれません。

 が、ついに真相を解き明かした頼盛を待っていたのは、清盛の深謀遠慮――清盛が直接登場するのは、時期的に本作を含めた冒頭二話のみなのですが、登場するたびにその底知れぬ存在感に圧倒されます。
 清盛の手の内の芋虫扱いされていた状態からようやく蛹になったと思っても、まだまだ蝶には遠い――そんな頼盛の苦衷が、さらにもう一転する結末も見事です。

「屍実盛」 寿永2年(1183年)

 木曾義仲に押され西国に落ちた平家一門に見切りをつけ、京に残った頼盛。ある日、義仲に呼び出された頼盛は、義仲のかつての恩人であり、先日の戦いで討たれた斎藤実盛の屍を特定することを求められます。
 しかし戦場から見つかったそれらしき屍は五体、しかも皆首がない――断れば自分の命がないという状況で、屍をなんとか特定すべく頼盛は必死に考えるのですが……

 七十数歳という老齢ながら、白髪頭を黒く染めて出陣した末、義仲配下の手塚光盛に討たれたという斎藤実盛。もののふの壮絶な最期には事欠かない平家物語でも、屈指というべきエピソードです。
 さて首実検の際、髪を染めていたことが明らかになった実盛ですが、その首から下はどこへ――という発想にも驚かされますが、しかもその首から下の候補が五体も出てくるに至っては、唖然とするほかありません。

 そんな本書でも意外性では屈指の本作ですが、しかし依頼主は木曾義仲――その気になれば頼盛など一ひねりにできる相手です。
 もちろん頼盛には、第一話で触れたとおり検視の心得があるわけですが、それを活かしてこの八方塞がりの状況を如何に解決するかが、本作の見どころの一つでしょう。

 もっとも、比較的あっさりとその「謎」も解けるのですが、しかし本作の真骨頂はその先。ある意味、探偵自身が犯人とも言うべきトリックとその目的には驚かされると同時に、実盛と重ね合わされる、ある人物の存在に粛然とさせられます。個人的には本書でもベストの作品です。

「弔千手」 元暦元年(1184年)

 頼朝の招きで鎌倉に滞在することになった頼盛。孫娘のように可愛がっていた頼朝の娘・大姫との再会を楽しみにしていた頼盛は、義仲の子で婚約者の義高を父に殺されて以来、彼女が病みついたことを知ります。
 しかし頼朝が義高の話をする都度、聞こえているはずがないのに父の前に現れる大姫。怨霊か物の怪の仕業と怯える頼朝ですが……

 源平合戦期の数ある悲劇の中でも、一際痛ましいのは大姫の運命でしょう。政略結婚に翻弄されるのはこの時代の女性の常とはいえ、わずか七歳で婚約者の義高を父に殺されるというのは、どれほどの衝撃であったでしょうか。
 本作はその大姫を巡る怪談めいた内容の物語ですが――その仕掛け自体はすぐに予想がつくものの、頼盛が明らかにする、義高を殺そうとした者、そして守ろうとした者、それぞれの思惑が圧巻です。

 特に印象に残るのは後者ですが――そこに共感する頼盛は、かつての復官にあくせくする姿とは異なり、真に自分を苦しめる相手、自分が戦うべき相手を見つけたように感じられます。その相手とは……

「六代秘話」 文治元年(1185年)

 平家が壇ノ浦に滅び、滅ぼした義経も頼朝に追われる頃、京で仏道三昧の頼盛。そこに現れた北条時政を歓待する頼盛ですが、思わぬ疑いをかけられていることを知ります。
 平家嫡流でただ一人落ち延びた平維盛の子・六代を、頼盛が自分の子・為盛と偽って匿っているのではないか――為盛が討死したという噂と、為盛が年の割に幼すぎることを理由に、時政は迫ります。このままではあらぬ疑いで攻め滅ぼされかねない頼盛は……

 ついに平家は滅び、ただ一人残されつつも、ようやく平和が訪れたかに見えた頼盛。最終話は、そんな彼を襲う思わぬ騒動を描きます。疑心暗鬼とも言いがかりともいうべき時政の疑いですが、権力の座にある人間による、あらぬ疑いほど恐ろしいものはありません。特に北条家のそれは、大河ドラマになったほど(?)ですから……
 その窮地を乗り越えるために頼盛が用いたのは、有名なある作品を思わせる手段なのですが、例によって本作においてはさらなる仕掛けが用意されています。

 伝説と史実に整合性をつけるその豪腕は勿論のこと、何よりもその中に浮かび上がるのは、西国武士と東国武士の違い――いや、頼盛と他の武士の違い。強い印象を残すそれは、さらにラストで描かれる「蝶」と結びつくことで、何とも言えぬ感動を生みます。
 そう、数々の謎を解くことを通じて諸行無常の世において己が生きた意味を求め、一個人としての意地を貫いた彼の象徴であり到達点である「蝶」と……

そして

 極めてユニークで意欲的な歴史ミステリであると同時に、激動の時代をしたたかに生き抜いた一人の人間を描いた歴史小説としても豊かな味わいを残す本作。シリーズはその後、1180年を舞台とした『揺籃の都 平家物語推理抄』、そして頼盛の息子・保盛があの藤原定家のワトスン役を務める『歌人探偵定家 百人一首推理抄』に続いていくことになります。
 もちろんこれらも歴史ミステリとして実にユニークかつ内容の濃い作品揃い。そちらの紹介はまた別途……


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