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愛すべき日常をより愛すために、非日常へと逃げ込む。
日常が地続きで進んでいくと、どうしようもなく逃げたくなることがある。別に辛いことや悲しいことがあったりするわけではないのだけど。ただただ続く、家の中での暮らし、予想のできる日々や景色から、少しだけ距離を置きたくなるのだ。
私の中でそれは決して悪い意味を持っているわけではなく、言葉通り「日常から少し距離を置く」だけ。ふらっと非日常へ寄り道して、また愛すべき日常へ戻っていく儀式というような。非日常へと少しだけ道を逸れれば、愛すべき日常をより愛すことができることを知っているから。
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非日常の最たるものは、旅行だろう。ここではないどこかへ立ち寄り、知らない街で新しい景色と出会う。その風景に心を癒されながら、日常へ戻り生活を続ける。旅行とは、変化の少ない淡々とする日々にスパイスを振りかけてくれるような存在だ。
もしくは、ひとりになること。家族やパートナーをいくら大切だと思っていても、たまにはひとりになり自分の殻にこもって、自分だけの時間を過ごしたいと願ってしまうことがある。人と暮らすことが日常であることと同時に、ひとりで自分と向き合って感情を整理する時間が必要だ。そんなことを考えて、先月30歳になった節目にひとりでホテルステイをしてみたりした。
ただ、旅行には、ある程度の縛りが発生する。スケジュールをあらかじめ決めないといけないし、どこに行くか何をするか、持ち物の準備、たくさんの「やること」を経たうえでその日を迎える必要があるから。
もう少し、日常から距離を置く場所は、身近にあってほしいと思う。ずっと続く日常を味気ないと感じた時、行き詰まりを感じた時、なんだか理由は分からないけれどモヤモヤする時。そんな時に、すぐ、本当にすぐ手をのばせる距離に、非日常は存在していてほしい。例えば、準備なんかせずとも、ふらりと思い立ったらすぐに出かけられる場所に。
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私にとって、日常からほんの少し手をのばせば届く非日常は、琵琶湖にある。京都から電車に乗り15分。駅から歩き慣れた道を進めば、大きく手をのばして包み込んでくれるかのような琵琶湖が私を迎えてくれる。
空が高く、どこまでも揺らめく青い湖面を眺めていると、ここが本当にたった電車で15分でふらりと立ち寄った場所なんだろうか、というふと疑問に思う。なんだか、もっと遠くの場所に迷い込んだみたいな気持ち。
まさに、すぐそばにある非日常だ。そんな場所で散歩をしたり、腰かけて本を読んだり、お気に入りのカフェに立ち寄ったりするだけで、訪れる前よりもずいぶんと心が軽くなっていることに気づく。琵琶湖の澄んだ空気を味わうたびに、軽やかになっていくのだ。
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琵琶湖を訪れたら、何も新しいことをしようとはしない。膳所駅で降りてTSUTAYA BOOK STOREで本を1冊買い、琵琶湖へ向かい、琵琶湖沿いをずーっと歩きながらたまに本を読んで、お気に入りのカフェ「gururi」でおいしいコーヒーとスイーツを味わい、大津駅から帰宅する。非日常のなかでルーティンをこなすのはなんだかおかしなことだけれど、これは決して変わることのない、私が私を満たしてあげるための時間。完璧な流れなのだ。
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何度も何度も訪れているうちに、琵琶湖の姿が少しずつ移ろいでいることに気づく。それだけで、それに気づけるだけで、私は嬉しい。少しだけ日常から距離を置こうと思い立った私に「やっぱり来てよかったね」と話しかけたくなる。
こうして今日も、午前中に仕事をしながら思い立ち、午後には琵琶湖に降り立っていた。思いつきの逃避行。愛すべき非日常は、軽やかなステップで訪れられるくらい身近な存在であってほしいものだ。
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