創作SS『雨上がりの空のしたへ』#シロクマ文芸部
本を書く。のは、止めた徹夜明け。本を読む。のも、ちょっと休憩したい週末。日曜日の鮮やかな雨上がりの朝。暖冬の陽射しが雲の隙間から、天使の梯子を下ろしている。絶好の散歩日和。足がお出かけしたくて、疼いている。愛犬がリードを咥えて、足元にすり寄ってくる。散歩の催促だ。生きのいい魚みたいな尻尾のリズム。きらきらした上目遣いの瞳。愛犬の頭をゆっくり撫でる。時計が逆回転してゆくーーー、ダックスフンドのクリーム色のくるみを拾ったのは、夏の俄雨のときだった。
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僕はしがないゴーストライター。小さい頃から本が好きで、いつか小説家になりたかった。だが現実はそう甘くない。まず原稿用紙百枚、二百枚が書けない。こだわりが強すぎて、延々と推敲ばかりしてしまう。なかなか筆が進まない。しかし生活していかなければならない。いつしか芸能人本のゴーストライターになっていた。そして出版社からの帰り道。急に雨が降り出した。朝から晴れていたので、傘は持っていなかった。いっせーのーで、ジャケットを傘代わりにして走り出した。雨宿りのために、とりあえず軒下に駆け込む。
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軒下には、先客がいた。アッシュ系に染めた髪は濡れていて、白いワンピースは下着が透けていた。僕はドキドキして、気づかれないように盗み見た。年は二十代後半か。髪はセミロング。別れた彼女に横顔が似ていた。
『もしかして胡桃?』
『は?』
『いや、何でもないです。すいません』
視線を逸らして、下に落とした。段ボールの中に捨てられた仔犬。くぅーん、くぅーん、と悲しい声を絞り出す。何となく放っておけなくて、拾ってしまった。濡れた女性は水蒸気のように、消えていた。
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僕の騒がしくも賑やかな日常が始まった。未練がましくて格好悪いけど、仔犬に”くるみ”と名づけた。くるみと毎日、散歩に出かけた。散歩していると、季節感を敏感に感じられる。モノクロームの無機質な日々は、カラフルな四季に彩られていった。空の色、街の匂い、風の肌触り、動植物の息遣い、くるみの感情表現。ひとつ、ひとつ、が愛おしかった。僕はいつしか胡桃を忘れている。ありがとう、くるみ。今日もまた雨上がりの街へ出かけてゆこう。
photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、yamamotravelさん)
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