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月灯りに照らされたカフェで

ここは、太陽が姿を隠しているときだけにしか入れないカフェ。
照明は薄暗く、月明かりと共にお酒を嗜む場所。
え?カフェなのにお酒を楽しむ場所?
それならBARっていうんじゃなくて?
その答えは……店主のお姉さんに聞けばわかるとか。

夜の月明りに照らされたムーディーなカフェは、静寂な夜に孤独を嗜む場所としては文句のつけようがない、深い何かを感じられる場所だと思う。

店主のお姉さんの私が言うんだもん。間違いない。

お店の内装は、明るい色の木がメインの素材で、壁紙は純白。
カウンター席がほとんどを占めているお店の中は、窓から差し込むやさしくて、でもちょっぴり冷たい光が、まるで恋に落ちた魔法使いが夢中にはなった魔法のように店の中を包み込んでいる。

海が見えるテラス席にはテーブルが2つ。それぞれにイスが2セットついている。安いプラスチック製の白い椅子なんかじゃなくて、1人用のソファーを。こっちも木で造られたソファに、ふかふかのクッション。座ると結構沈むから、そのまま眠ってしまいそうになる。

潮の香りを運んでくる風にあたりながらウトウトするのも幸せなんだけど……風邪をひかないようにご注意を。

折角のステキな夜が台無しになってしまう。

カップル以外はお断りといわんばかりに小さなキャンドルが灯され、微かな光が儚く輝いている。その灯りは星々と共に「夜」というルサンチマンにあふれた雰囲気を、これでもかというくらいに醸し出している。

少し演出に凝りすぎかもしれないけど、私はこれくらいの方が好き。

だってこんな、ファンタジー要素満載のお店が、物語の世界でしか楽しめないなんてイヤだもの。

誰もが現実から逃げだしたいと思った時……おとぎ話の世界に行きたいと願った時に、たどり着けるようなお店があったっていいじゃない。

カフェの中は決して明るくはない。けれども暖かい灯りで照らされ、海辺の夜の静けさに溶け込んでいる。店に向かってくる波の音色が静かに流れ着くと、店主の感情だけではなく夜の静寂をも揺さぶってくる。

時折、風がそっと吹き抜けてくるとカーテンが揺れ、月の光が店内でワルツを踊りはじめる。それもまた魔法のような瞬間であり、本当に、このつらくてどうしようもない現実世界から幻想的な世界へと流れ着いてしまったのではないかと錯覚してしまう。なんとも罪深いカフェ……。


世間には意外とカフェが好きな人が多い。
それを専門にしてる雑誌とか、インスタグラマーもいるくらい。
しかも結構フォロワーがいたりする。

そして、数はそれほどでもないにしろ、そのようなオシャレ空間を自分で持ちたいと思う人もいる。

私もその1人だった。

でもいざ調べてみると、カフェ経営ほど難しいことはない。

カフェがたくさんあるということは、それほどライバルがたくさんいるっていうこと。しかもどこでも飲めるものは大差ない。当然値段も同じ。だからお金儲けをする手段としては結構難易度が高い。

だから、私は諦めてカフェの皮をがぶったお酒を出すお店を始めようと思った。それでもライバルのお店は多いけどね。

でも、夜の海の鼓動をBGMに、甘いお酒を飲むことで、少しだけ、ほんの少しだけでも、ツラい何かから目を向けたりしたい人はいるはず。

だから……今日も私はここで、海と一緒に時間を過ごしている。
来るもの拒まず去る者追わず……
海と一緒に自分の時間を楽しみつつ……海風のようにフラリと現れるお客さんを待っている。

お客さんとお話することは、なんだかとっても楽しい。

人の数だけ人生があって……まるで誰も読んだことのない本を、世界で初めて読んでいるような気がして、それだけで心が躍る。

とはいっても、ここへくるお客さんは大抵、何かに悩んでいる。
それは私にとっては考えすぎなんじゃないかと思うくらいのものもあれば、どうして逃げないの?って思うくらいの重いものまで。

そういうのを聞くと、私まで心が重くなる。深海に沈められてしまったかのようにズーっと体が重くなってしまう。

私にはそれを受け止めることも、何かよい方向に導くこともできない。
ただそのお話に耳を傾けるだけ。

それだけで、その方の気持ちが少しだけ楽になると、知っているから。

さざ波が海へ帰っていくときの、炭酸水が入ったペットボトルを開けた時のような音を聞きながら、甘いお酒を嗜むだけで、随分と気持ちは楽になる。

ただそれだけで……。

私の店は、そんな場所でありたい。
だから、私はここで……海のすぐそこで、いつまでものんびりと時間を過ごしている。

砂浜に残る足跡が、白いさざ波に消されていくような淡い瞬間を、ひっそりと生きている。


続く?



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