年終わり 最後の時は 鐘を撞く どこにあるかは 今探すかな
あっという間だ。もう本当に今年は終わろうとしている。最後にやるべきことは何だろう。国民的なテレビ番組を見る?いやそうではない。鐘だ、除夜の鐘を撞くのだ。ではどこでつけるのだろう。思わず腕を組んだ。
なぜならば、昨年の年末はこの場所にはいなかった。つまり今年引っ越ししたのだ。だからどこで除夜の鐘がつけるのか全くわからない。
昨年までは、いつも行く寺があってそこで毎年鐘を撞いた。今年は場所がわからないからと言って鐘を撞かないとは気味が悪い。別に迷信を信じていえるわけではないが、気持ち悪いのだ。だからといって、当日の午後11時30分以降に、鐘の音が聞こえてから動くのでは遅い。宗派にもよるが鐘が自由にいくらでもつける寺院があれば、煩悩数である108しか撞かないところもあるだろう。前者なら当日の夜でも間に合うが、後者なら出遅れどころか間に合わないかもしれない。
「だったら」そう、今のうちから除夜の鐘がつけそうな寺院があるかどうか調べよう。鐘楼のある寺院を探すだけでも可能性がある。もし、見つからなければ、その時は、電車の乗ってでもよいと思う。遠くで良いから必ず撞けるように目指すのだ。
年終わり 最後の時は 鐘を撞く どこにあるかは 今探すかな
(としおわり さいごのときは かねをつく どこにあるかは いまさがすかな)
本日の記事「河内長野と富田林の除夜の鐘情報」を参考にしました。
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