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『2020年の恋人たち』 (島本理生 作) #読書 #感想

主人公は"前原葵"という女性である。この女性が日々生きる中で感じたことが書かれているのだが、そのうちの多くは"恋愛"に伴って感じることであり、彼女は物語の中で多くの男と出会う。

132~133ページより

彼らはまぶたを閉じたときに広がる世界を知らずに、目を開け続けているのだろうか。

スマートフォンを見つめ続ける若者を見た彼女が 言ったこの言葉が私はとても好きである。目を閉じた時の方がより"きれいなもの"が見える時もあるのではないかと思っているからこそ。


ここからは彼女の価値観に触れていく。

181ページより

「保証は、ないことが一番怖いことだって、私自身も思ってました。だけど、最近気付いたんです。無理やり握りしめていた偽物の保証のほうが、ずっと不安を生んでいたって」
「(略)保証なんていざというときのためのもので、肝心の本人の足腰が不安定だったら、登れる山もないしな」

"無理やり握りしめている偽物の保証"って言葉にされると自分もそういう"保証"をたくさん抱きしめているように感じてくる。それを抱きしめている時の自分は限りなく弱いのだろう。


237ページより

「僕らは、それなくしては生きられないものほど軽視したがりますから。金もセックスも家族も、必要だということの重みに耐えかねて軽蔑するもんです。だから恥じるのは、それほど自分が大事にしている証拠だと思いますよ」

彼女の部長が"中間管理職の薀蓄"などと言いつつもなかなか良いことを言う。
私にはこの"軽蔑"がよく分かる。必要だって分かっているものほど荷物としては重すぎて、手放したくなってしまう。こういう生き方をしていると"失って初めて気づく大切さ"なんていうものもあるのかもしれないが。

239ページより

「(略)他人の責任なんて、誰にも取れませんよ。それは精神の越境行為です。悔やんだり、不幸になったりして自分に酔っ払うことまで含めて、本人の自由ですから。他人の後悔する権利まで奪ったら、失礼ですよ」

これも同じく部長が言ったことである。"精神の越境行為"。これについて、また考えてみたくなったので書き残しておく。他人に踏み込みすぎることは、精神の越境行為なのだろうか。



246ページより

自分の情の薄さにずっと罪悪感があった。それだけで、私に迷惑をかけた人たちがむしろこちらを責めることも受け入れてきた。
だけど、そもそも情を持つほどの優しさや愛情を、私は誰かから与えられたことなんて、あったのだろうか。

主人公はいつも1人で生きているような感覚を味わっていた。
彼女は恋人と別れる時、未練ではなく"自分という人間を求めてくれる相手が自分から離れていってしまうことへの淋しさ"を感じていたのだ。

266ページより

たくさんの依存交じりの関係から抜け出したと思っていたのに、また新しい束縛や依存に戻ろうとしていたのだから。

父親がいない彼女が 恋人の父性を感じ幸せに少し浸る時、彼女が"欠落した部分を恋愛で埋めようとしているのではないか"と感じることがある。
家族(親)から"愛されていない"と感じる人ほど愛に飢えるのかもしれないが、この本の主人公は恋愛に依存しているというよりかは、"生き方"を探してさまよいながら その中で出会った人にどうしても惹かれてしまう、でもすぐにそれは間違っていたことに気づく。その度に立ち止まって1人の感覚を味わう。"恋愛体質"とはまた少し違う、人としてしっかりしている(自立している)ように見えるからこその"危うさ"のようなものを感じる。

嬉しくも悲しくも自分はこの主人公に似ているかもと思う部分が大きいのもまた事実である。



271ページより
彼女の友人となる"芹さん"という女性が自分の価値観を語る場面がある。
彼女は、"恋愛は怖いものだ"、と言う。

「(略)自分が、相手のことを好きじゃなくなる日の来ることが。そんなに全身で信じた感情があっけなく消えてしまうなんて、それほど怖いことってなくないですか?私はずっと変わらずに形あるものが好きだから。(略)」

この気持ちは非常によく分かる。そしてさらに怖いのはその時の感情が無駄になることである。人生の中で "その感情を抱いていた時間が無駄だった"とはっきり感じるということである。
人は恐ろしい勢いで人に惹かれていくことがある。でもその一方で恐ろしい勢いで人を嫌いになる、とそう思っている。



最後のページより 主人公の言葉

どうなるかわからない人生なんて嫌だった。でも、生きていれば幸も不幸も容赦なくやってくる。
だから、守ったり叶えたいなら、ただ1つ「私」を手放さなければいいのだ
私は(略)対等、の1語を胸の中で唱えた。今はもう永遠にいらないものたちを見送りながら。

主人公にとって"過去"とは どれもいらないものである。今を生きる自分を他者には見てほしいと思っている。

主人公が手放したくない「私」がどこにあるのか一言で表すことは難しいが、彼女なら"大事な荷物を1つだけ"持って、何度も生まれ変われるような気がした。

多分それは、小さな光を見出すために必要なたった1つの"重み"なのだろう。




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