死ぬほど好きな人に呼び出されるのは、いつだって金曜の夜だった。
「金夜の女」は本命になれない?
22歳の時、生まれて初めて本気の恋をした。
それまでの人とは次元が違うくらい好きだった。
頭がおかしくなるくらい、
生活の中心がその人になるくらい、
死ぬほど好きだった。
私にちょっかいを出す時のいたずらっぽい顔とか、
女の子みたいにぷっくりした涙袋とか、
真夜中の突然の電話とか、
その人の全てに夢中だった。
でも、
その人に呼び出されるのは、いつだって金曜の夜だった。
「土日に会いたい」と言っても、なかなか時間を作ってもらえなかった。
私は、「金夜の女」だった。
その人と一緒にいられるだけで、楽しくて仕方なくて、
一緒にいると自然と口をついて出てきた。
「私と付き合ってほしい」
でも、返ってきたのは冷たい言葉だった。
「ごめん、今は彼女とかいらない」
その人は、どっからどう見ても、私のことが好きなのに、
電話も、ご飯も、家に行くのもしょっちゅうで、
私の日常の中にその人がいるのと同様に
その人の日常の中には私がいると信じていたけれど、
その人の意志は固かった。
私は、その人の彼女にしてもらえなかった。
それでも傍にいたくて、
馬鹿みたいに数ヶ月おきに5回告白して、
その度にあの現実に引き戻すような言葉を言われた。
そういう不毛なやりとりを繰り返した頃、季節は春から秋に移ろいで、
私は心身ともにボロボロになっていた。
一緒にいる時は天国みたいに幸せなのに、
なかなか返ってこない返信にイライラして、不安になって、
その度に「会いたい」とせがんだ。
それなのに、家に行けば、
流し台に出ている汚れたワイングラスの数が2つだとか、
落ちている髪の毛が私の髪より長いとか、
そういう見たくないものたちが見えてしまって、
一つ一つのことを無視できなくなって、
吐き気がして、
とうとう私は、媚薬みたいなその人との恋に自分から終止符を打った。
このままでは本当に自分が壊れてしまう気がした。
甘くて、底なしで、どこまででも落ちて行ける、桃色の地獄みたいな人だった。
連絡をとるのをやめて、当然家にも行かなくなって、
「さすがに向こうから連絡が来るかも」と
この期に及んでくだらない期待をしたけれど、
そんなことあるわけもなく、
まるで夢を見ていたかのように、私は彼と出会う前の単調な日常に戻った。
でも、この話はここでは終わらない。
「土夜の女」への昇格
その人との連絡を絶ってから、二ヶ月以上が経ったある夜、
突然連絡が来た。
私が逃げ出しても追いかけてさえ来なかったあの人から、
メッセージが来た。
「会いたい」と言われた。
まるで、私はパブロフの犬だ。
あの人から連絡が来ただけで、理性がどこかにぶっ飛んでしまう。
時間は一瞬であの頃に戻ってしまった。
吉本ばななの「とかげ」という作品の中に、こういう一節がある。
「どうしてもどうしてもさわりたくて、気が狂うほど、もういてもたってもいられなくて、彼女の手に触れることができたらもうなんでもする、神様。」
当時の私はまさに、こういう状態だった。
二ヶ月の間、本当は連絡したくてたまらなかった。
会いたくてたまらなかった。
でも、必死に我慢していた。
それなのに、決壊するのはいとも簡単。
完全に彼の中毒だった。
我慢していた分、前よりも強く焦がれてしまって、
あの人に気が狂うほど会いたくて、
魔法にかかったかのように誘われて、
気づいたらその人の部屋にいた。
二ヶ月ぶりのその部屋は、家具の配置こそ変わっていたけれど、何度となく通い尽くした懐かしい部屋のままだった。
二ヶ月前までの甘やかな日々を思い出して、胸の奥がツンとした。
ソファーのないワンルームで、仕方なくベッドの上に座った。
その時点でもう負けているようなものなのに、私はなけなしの強がりで
「付き合わないなら、もう会わない」
と言った。
でも、これを言ったからといって、今更何かが変わるとは思っていなかった。
心の中では既にあきらめていた。
これまで何度となく「付き合いたい」と言って、何度となく断られた。
世の中、どうやったって無理なことがある。
それなのに、返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「じゃあ、付き合う?」
一瞬、夢かと思った。
ついに幻聴が聞こえ始めたのかと思った。
でも、確かに「付き合う?」と聞こえた。
「本当に言ってる・・・?」
「うん」
今にも踊り出しそうな心を抑えて、ぬか喜びしないように、慎重に聞いた。
「本当にいいの?あとで『やっぱやめた』とかなしだからね?」
「言わないよ」
彼が笑った。
「どうする?」
どうするも何も、そんなの一択だった。
付き合うに決まってる。
どういう心変わりか知らないけれど、
その人が言ったその言葉は、私が喉から手が出る程、欲しかった言葉だった。
一年間、待ち望んだ言葉だった。
クリスマスでも誕生日でもない、なんてことのない日に、
小さなワンルームのシングルベッドの上で告白されて、
私は号泣した。
「うれしい」
涙が止まらなかった。
その人は苦笑しながら、ごつごつした指で私の涙を拭った。
「こう見えて、会えない間、寂しかったんだよ」
とその人は言った。
信じられなかった。
押し続けた私が突然引いたのが効いたのかはよく分からない。
でも、夜景も、花束もない、
小さなベッドの上でされた告白を
私は多分、一生忘れない。
こうして晴れて念願の「彼女」になった私は、夢にまで見た彼の土曜の夜を手に入れた。
当たり前のように、土曜の夜に二人でおいしいご飯を食べに行って、
家に帰ってきて、テレビを見て眠る。
そういうことが許される「彼女」という特権は
信じられないくらい尊いものだった。
毎日、夢みたいに幸せだった。
私はこうして「土夜の女」になった。
幸せなのは「金夜」か「土夜」か
晴れて「土夜の女」になって辿り着いたのは、
「案外、金夜も楽しかった」という、ふざけた結論だった。
彼も私もブラック企業に勤めていたから、
付き合う前は、よく仕事終わりに、
金曜から土曜に変わる真夜中の十二時頃、落ち合っていた。
二人で夜中までやっているラーメン屋に行って、
女の子がその時間、絶対に口にしないような高カロリーなラーメンを食べた。
それから、コンビニに寄ってお酒を買って帰った。
寝つく頃には明け方になっていて、寝つきがいいその人のスース―したきれいな寝息を聞きながら眠りについた。
一週間の疲れから解放され、
「社会」から離れて「私」と「あなた」に戻る。
金夜のそういう時間を共にしたという思い出は、今になると、どういうわけか土夜の思い出よりも鮮明に覚えている。
私がその人と金曜の夜に会うためだけに、一週間必死になって働いていたように、その人も週末に入る前に真っ先に癒されたくて私のことを金曜の夜に呼び出していたらいいのにな、と
彼女になってからは、おめでたい解釈をするようになった。
いずれにせよ、金夜の私も、土夜の私も、その人に一途に恋をしていたことに変わりはなくて、今思うと、ここまで本気で誰かに恋をしたという経験はとてつもなく尊い。
もうあんなに誰かを好きになることなんて、できないんじゃないかと思う。
一瞬だけ、
ほんの一瞬だけでいいから、
金曜の夜にあの人の腕の中で眠りについた、
あの瞬間に戻れたらーー。
別れた今でも時々そう思う。
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