「カフェインより、梅酒ソーダを飲みなさい」母の声が聞こえる
ぷち、ぷち、ぷちっ。爪楊枝の先で、梅のヘタを取り外す。地味な作業に見えるが、実際に手を動かせすと難しい。
稀に手が滑って、梅の実をガリっと削ってしまう。またやっちゃった。梅をコロコロと手前で転がし、削り跡をさりげなく隠す。
私の実家では、母が毎年梅酒を作っていた。夏になると、大量に梅を購入する母。両手に梅を抱えた母は、口をへの字に曲げていた。ぶらんと垂れ下がった腕は、鉛のように重そうだ。
ぷうんと、青臭い梅の香りがする。あの香りを嗅ぐと、夏が来たなと思う。
「梅酒はね、体にいいの」
母は、そんなことを言う人ではなかった。ただ、健康志向ではあったように思う。いつも険しい顔をしながら、無言で梅酒を作っていたっけ。家族の中で、飲むのは母と私だけ。父と弟2人は、まず飲まない。
大きな瓶を2つ並べて、もくもくと大量の梅、氷砂糖を詰めていく母は、いつも目が爛々としていた。
あの頃の私は、梅酒が体にいいと知らなかったように思う。母から梅のヘタ取りを手伝わされるのも面倒だし、地味に辛い。
百個以上もある梅のヘタ取りを黙々と作業してる間ずっと、「なんで、こんなことしてるんだろう」と思ったことは数知れず。
それでも、じっくり時間をかけて出来た梅酒を飲む瞬間は、嬉しかった。
水割り、炭酸割り。色々試した中でも、好きだったのが炭酸割りだ。梅のツンとした酸味と、しゅわしゅわとした喉越しが、乾いた喉を潤していく。
美味しく感じたのは、あの時ヘタ取りを頑張ったからかな。不器用だから、何度も梅の実を削っちゃったけども。
大人になった今、私は時間に追われる日々を過ごしている。私の飲み物は基本、ミルクティーとコーヒー飲料。
疲れると、薄茶色の飲み物を当たり前のように飲む。少し苦味のある飲み物じゃないと、受け付けない体になった。習慣とは怖いものである。
今や、カフェインが私の体を支配しているといっても過言ではない。お陰様で、毎朝6時に目が覚める。
「そろそろ体のことも考えたほうが、いいんじゃない」
母がどこかで、そう呟いている気がする。でも、母のように大量の梅を買う自信はない。
じゃあ、少量から試せばいいんじゃない?
私の中のマリーアントワネットが、そっと囁きかけてきた。なるほど。その手があったか。今度、少しだけ試してみようかしら。
あの頃のように、炭酸で割って。仕事が終わったら、飲もうかな。カフェインより体に良さそうだし。コーヒーを口に含みつつ、そんなことをぼんやりと考えている。
【完】
【追伸】
↑ヒビケンこと日々木さんが梅酒✖︎炭酸の話をしていて、「これはみくさん、得意じゃないです?エッセイ書いてみません?」と心の声が聞こえてきたので、参戦してみました(笑)
日々木さんのエッセイも、めっちゃいいですね。というか、小説の才能もありそうだなと……。(割と真面目な話)
飲み物でここまで表現を増やすの、難しいんですよ。人の作品を読むのって、勉強になりますね。
実は創作大賞シーズン前に、イベントの動画で秋谷りんこさんが「読者がホッとするシーンで、飲食する場面を入れている」という話をされていて。私も、読者が疲れないように飲食シーンを時々入れています。
↑こちらです
飲食シーン、もっと上手くなりたいですね〜。
以上、朝にふと思いついたのでコンテストに参加してみました!アマギフ欲しいなー!