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雑誌を擬人化して、女子会させてみた。
VERY、Sweet、CanCam。実に美味しそうなネーミングではあるが、残念ながらこれらはすべてお菓子の名前ではない。
いずれも、今をときめく女性向けファッション雑誌である。
日頃から、私は雑誌の回し読みをするのが好きだ。理由は、それぞれの雑誌にはカラーと個性が溢れているから。雑誌を読んでいて思うのは、同じ雑誌の看板モデル、読者モデルのタイプが大変似通っているという点である。
同じ雑誌ばかり読むと、ファッションのテイストが偏ってしまいそう。なら色んな雑誌を読み回して、それぞれの栄養を吸収すればいいのだ。
雑誌にはそれぞれ登場するモデルや、紹介されるアイテムの金額・テイストも異なるので、その日の気分に合わせて読む雑誌をチョイスすることもしばしば。
たとえば、「キラキラ女子を眺めて、現実逃避したい」という場合であれば、港区のキラキラママたちがひしめき合うVERY。仕事に疲れた時は、癒し系女子たちが微笑むリンネルやLEEといったところだろうか。
◇
そんな私は、ある日「雑誌をそれぞれ擬人化させて、女子会させたら楽しいのではないか」と思いついた。
そう考えたのは、一つの雑誌に対して同じ属性の女性同士が集まっている気がしたからこそ。類は友を呼ぶが、もしかすると3人寄れば文珠の知恵かもしれない。みんなで話し合えば、素敵な女子会がきっとできるはずだ。
思い立ったら、善は急げ。さっそく私は、雑誌を擬人化させて「女子会」を開いてみることにしたのである。
◇
【登場人物】
・武絵理衣子 28才 港区在住。商社マンと結婚した専業主婦。5才と2才の子どもがいて、下の子は幼稚園のお受験を目指し中。好きなブランドは、yori、ヴァンクリ、エルメス。愛読書はVERY。
・巣取衣子 40才 表参道にある会社に勤めるバリキャリ女子。IT関連の仕事に就く夫がいるが、最近すれ違いの日々が続く。理衣子の元職場の先輩。愛読書はSTORY。
・番山環奈 25才 理衣子のママ友。神戸出身。生粋のお嬢様。強みは、実家が太いこと。愛読書は25ane。
・凛ネル子 28才 巣取衣子の後輩。幼少期は、フィンランドで過ごす。天然ゆるふわ系の癒し系。半径1m以内の人が幸せなら、それで良いと考えている。愛読書はリンネル。バッグやポーチは、リンネルの付録が多め。実はこのメンバーの中で、実家が2番目に太い。
・倉敷良子 32才 巣取衣子の後輩。パッと見はキレイめOL。婚活中だが、妄想でイケメンと恋愛中。妄想ばかりで、現実の恋愛はご無沙汰。趣味は、noteに妄想小説を書くこと。愛読書はCLASSY .。
今日は、待ちに待った女子会。真珠のネックレスを首に纏うと、パッと顔色が明るくなるのを感じる。
本当は、夫からのプッシュギフトでもらった「ヴァンクリのアルハンブラ」をつけたいところだけれど。
一目でパッとわかるハイブランドのアイテムは、初対面の人たちが集う女子会だと嫌味に見えてしまわないだろうか。豚に真珠ならぬ、無難に真珠。真珠のネックレスなら、サラッと身につけられるはず。
それに今日は、エルメスのバッグも持ちたいし。ハイブランド同士を組み合わせ過ぎてしまうと、まるで歩く伊勢丹みたい。私の理想は、さり気なくハイブランドを身に纏う女。
嫌味っぽく、ブランド品で身を固めてしまうと、下品になってしまいそうだから。けれど世の中には、ハイブランド同士を組み合わせても、上質な空気を醸し出す人がいる。ハイブランドに負けない女とでもいうのだろうか。一体私と彼女たちは、何が違うのだろう。
履き慣れたスニーカーを靴箱の奥にしまい、埃を被ったヒール靴を手でささっと払う。ヒールの靴、独身の頃はよく履いていたっけ。久しぶりにヒール靴なんて履くし、足が痛くならないかちょっぴり心配。
私は、VERY大好き武絵理衣子。今日のファッションは、もちろん全身yoriである。
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yoriとは、我が愛するVERYの読者より圧倒的人気を得ている外村久美子氏がプロデュースするファッションブランドのこと。
外村の苗字は「そとむら」ではなく、「とのむら」と読む。お恥ずかしい限りではあるが、実は半年ほど「そとむらさん」と呼んでいた。
外村さんを雑誌で見た瞬間、私の時は止まった。
「なにこの可愛い人」
ぺこぱを呼んでも、もう私の時は戻せない。かわいい。可愛すぎる。私は外村さんを見るなり、一瞬にして彼女の虜になった。
私も、彼女のようになりたい。キラキラしたい。いや、彼女みたいになれなくたっていい。彼女の姿を見れたら、私はそれで構わない。だって、可愛いんだもの。
それからは、外村さんのインスタを貪るようにチェック。外村さんがどこに行って、どの地域の空気を吸っているのか。何を着て、誰と何をしているのか。一歩間違えたら、私は外村さんのストーカーになっていたかもしれない。つくづく思う。私が女で、本当に良かったと。
yoriでは先行受注会が定期的に開催されているので、参加することで人気アイテムが売り切れる前に購入できる。もちろん、参加するに決まっている。
この前購入したyoriのブラウスは肩が大きめでフリルが多いので、二の腕を隠せるのも嬉しいところ。体型のアラを上手く隠すことのできるアイテムも多く、私にとってyoriのファッションは欠かせなくなった。
外村さんプロデュースのブランドで全身を固めたら、バッグはエルメスのピコタンを持ちたいところ。
偏見かもしれないけれど。まさにこれが、「VERY女子のTHE勝負服」だと、私は考えている。
エルメスは店舗に行ってもすぐにバッグを紹介してもらえないので、本来ならエルパトといって店舗を回る必要がある。
↑エルパトについての詳細は、かっぴーさんの漫画をご覧ください
バッグを紹介してもらうためには、他のアイテムを購入(=課金)しなければならないのだ。
「そんなじれったいこと、やってられない!私は早く、VERY妻になりたいの!外村さんになりたいの!」
そもそも私は、専業主婦。商社マンの夫もいるし、お給料だって悪くないけれども。自分のお小遣いをそこから使うのは躊躇してしまう。欲しいものを買うには、貯金を切り崩すしかない。でも、子どものお受験もあるし……。
悶々としていた頃、ママ友の番山環奈がピコタンを颯爽と持っていたのを発見する。
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さすが神戸の芦屋出身、生粋のお嬢様である。
環奈は、細身の華奢な美女。青山学院大学に進学するために上京し、そこで出会った彼と交際後、結婚したらしい。彼女の実家は噂によると先祖代々続く会社を経営しており、環奈自身も両親から支援を受けているらしい。
頼れる実家があるなんて、羨ましい。私なんて、結婚した途端に家族とは縁を……。いや、そのことはもう思い出したくなんかない。私はぶるぶると首を横に振る。
食い入るように彼女のピコタンを眺めると、環奈が不思議そうな顔で、こう言い放ったのである。
「バッグなら、我が家に余ってるものがありますけど……」
奇跡が起きた。なんと、環奈のバッグを物欲しそうに眺めていると、彼女がお古のバッグをプレゼントしてくれたのである。
環奈によると、母親からのお下がりでたくさん服やバッグ、ジュエリーを譲り受けたものの、どうやら使いきれなくて困っていたらしい。
嬉しいような、けれど虚しいような。複雑な思いを胸にしつつも「ありがとね……。もしよかったら、お礼として今度お茶しない?」と、環奈を誘うことにした。流石に、タダでモノをもらうのは申し訳がなさすぎる。
「わぁ。嬉しゅうございます。私、大学生活でも全然友達ができなくって。私は仲良くなりたかったけど、何もしてないのに無視されたり、嫌味を言われることも多かったんです」
「えっ、環奈さん。いじめられてたんですか?」
環奈からのカミングアウトに、私は目を丸くする。いつも颯爽と歩く彼女にも、こんな苦悩があったなんて。
「虐めというものがどんなものか、私にはよくわからないのですが。大学時代は、いつも1人でした。
どうやら大学で1番人気の彼と交際したことや、私がミス青学に選ばれたのがまずかったのかもしれません……。
のちのちわかったことですが、私が毎日別のハイブランドのバックを持ってくるのも、癪に触ると話す女性もいらっしゃったみたいで。私はただ、母から譲り受けたものを使い回していただけなのに。
芦屋にいた頃は、私に嬉しいことがあるとみんな喜んでくれたのに。ここでは目立つと、杭を打たれるような感覚を覚えました。
東京は怖いなぁと思って、ずっと人間不信だったのですが。だから、こうして武絵さんから声をかけてくださるのが凄く嬉しくって……」
環奈の瞳には、涙が滲んでいる。首元には、華奢なダイヤモンドのペンダントがきらりと瞬く。
◇
私の名前は、倉敷良子。今日は職場の先輩である巣取衣子さんと、後輩の凛ネル子と一緒に女子会をするらしい。
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なんとその女子会には、巣取先輩の後輩であり、かつては私が働く会社に在籍していた女性と、その友達も来るらしい。
面識のない人たちと、一体何を話せばいいのか。どうせネル子はマイペースだし、私は女子会とかも別に好きじゃないし。
姉御肌の巣取先輩からすれば、私たちを含めその後輩のことが心配だから定期的に話を聞きたいんだってさ。本当に、巣取先輩って面倒見がいいというか、お人よしというか。
先輩からすれば、以前働いてた「武絵理衣子」という女性が、結婚相手をお金で選んだ感じがするとかで。結婚してからも無事で過ごしているのか、先輩は気になるみたい。
——先輩、そういうのをね。余計なお世話っていうんですよぉ。
……って喉から一体、何度言葉が出そうになったことか。先輩はいつも、困ってそうな人を見ると何かと助けようとするんだけど。なんであんなに、人のために先輩は尽くそうとするのだろうか。
そんな先輩も、最近は寂しそうな顔をしてる気がする。ひょっとすると、旦那さんと上手くいってないんじゃないかしら。
先輩。人のことより、自分のことを心配すればいいのに。先輩はもしかしたら、彼女を救うことで自分が救われたいんじゃないかな。ああ、女って実にめんどくさい。
そもそも私、面識のない人に興味ないんだけど。そんな暇があるなら、noteに妄想小説を書きたいし。来年の創作大賞に向けて、今から小説を仕込んどかなくっちゃ。
今私が書いてる小説はね、ゾンビが暴れる街で彼氏が襲われちゃったり、懸賞で宇宙旅行が当たって月に向かうお話などなど。どれも書いてて、すっごく面白いんだから!!
えっ、話がどれもぶっ飛んでいるって?いいのよ。だって、書いてる私がとっても楽しいんだもの。創作はね、作者が楽しむことが何よりも大事。その気持ちが、読者にも伝わるんじゃないかしら。
えっ。そんなストーリーじゃ、読者が置いてけぼりなんじゃないかって?
大丈夫。後輩の凛ネル子に読ませたら「先輩、何ですかこれ。めっちゃ狂ってる……いや、面白いじゃないですか」って、腹抱えて笑ってたから。ネル子はマイペースでイライラする時もあるけど、私と笑うツボだけは同じなの。
「ちょっと、そこの2人!何モタモタしてるのよ。早くテーブルに座って!」
巣取先輩の鼻息が荒い。足取りもそわそわしている。久しぶりの幹事だから、張り切っているみたい。
テーブルの奥には、すました顔の女と、ただならぬ上品なオーラを纏った美女が並んで座っていた。どの女性も、身なりが小綺麗で上品な出立ちをしている。私たちとはどこか住む世界が違う気がする。下手に噛むと、面倒な気も。
私とネル子は顔を見合わせ「どうする?帰る?」と、囁き合う。けれど巣取先輩の強い視線に負け、私達はおずおずと席に座る。ここで帰ったら、ドタキャンと先輩から揶揄されそうだし。仕方ない。少しだけ付き合うか。
「はじめまして。武絵理衣子と申します。巣取先輩には、以前とてもお世話になりました」
武絵理衣子は、深々とお辞儀をする。すました表情を見て「苦手かも」と思った自分を、一瞬でも恥じた。礼儀正しくて、いい人そうじゃない。
「お友達の武絵さまの紹介で、こちらの女子会に参加させていただきました。番山環奈と申します」
ぺこりとお辞儀をすると、環奈はにっこりと微笑んだ。よく見ると、環奈の整った歯が少し震えているようにも見えた。凛としていて、堂々と見えるのに。緊張しているのだろうか。
「私、凛ネル子です。趣味は、パッチワークと散歩です。昔は蒼井優に憧れて、森ガール目指してました。ところで、みなさんの趣味はなんですか?」
「私の趣味は、美術館巡りです。幼少期から、父が美術館にたくさん連れて行ってくれて……。あとは、花を生けている時も好きです。美しい花を見ると、自然と心が洗われます」
環奈はそう言って、くしゃっと笑う。
「へえ。美術館かぁ。そういえば、私も日本に戻ってから、父に連れてかれた気がします」
「ネル子さんも、幼少期から美術館に足を運ばれていたのですね。ネル子さんは、好きな画家はいらっしゃいますか?」
「うーん。画家ですかぁ……。実は私、父の仕事関係で、幼少期フィンランドにいたんですけど。その時に見た景色が何よりも美しくって。美術館でいろんな絵画を見ても、ピンと来なかったというか」
「フィンランドにいらっしゃったのですね。まぁ、素敵。私もいつか、訪れてみたいと思っていたんです」
環奈は頬を綻ばせた。嬉しそうに笑みを浮かべる環奈を見て、ネル子は照れ笑いを浮かべる。
「フィンランド、いいですよ。少し寒いけど。あっ、そうそう。フィンランドで思い出しました。そういえば私、みなさんにお土産があるんですけど」
でた。ネル子の、超マイペース展開。というか、ネル子ったら環奈さんの話ぜんぜん聞く気ないじゃないの。いくらなんでも、それは失礼過ぎじゃなくて?美術館に興味がなくても、せめて「どの絵画が好きか」くらい答えようよ。この際、ラッセンでも。ゴッホでもいいじゃない。それが、大人のエチケットというものじゃないかしら。
ネル子の向こうには、こめかみをピクピクさせている巣取先輩がいる。やばい。巣取パイセン、絶対キレてる。このままでは、巣取先輩から「どうして、あなたはいつも空気を読まないの?人の話を聞きなさいよ」ってしかられるのでは……。
私の心配もむなしく、ネル子は大きなエコバッグから大量のポーチと小さなハサミ、マスキングテープをテーブルの上に出し始めたのである。
これから女子会を始めるというのに、なぜポーチと文房具なのか。もはや意味がわからない。彼女は何かと自分のことを「天然」の一言で片付けてくるけど、天然に付き合わされるこっちはたまったもんじゃない。私はネル子のぶっ飛んだ行動に、やれやれと頭を抱えた。
「これ、全部。雑誌の付録なんですけど。めっちゃ可愛くないですか?ハサミやマスキングテープ、ポーチにはムーミン谷の仲間たちのイラストが描かれてて、とっても可愛いんですよぉ」
「まぁ、なんて可愛いのかしら」
武絵理衣子と番山環奈の表情が、たちまち緩む。2人とも一見ツンツンしてそうに見えたけど、意外とキャラ物好きだったんだ。
次第に3人は、ムーミンのどこに癒されるのか。スナフキンは何者なのか。ニョロニョロは喋れるのか。ミムラ族の誰が好きなのか、などなど。ムーミンの話で、盛り上がり始めたのである。
ムーミンの力は偉大だ。そして、かわいいは正義である。
ムーミンのアイテム登場により、私たちはたちまち童心に戻り始めた。ムーミンのことを思い出すと、私の妄想も止まらない。ゾンビ、宇宙旅行の次は、「転生したら、ムーミン谷に来てしまったカップルのお話」を書いてみようかしら。
ストーリーはね、本来は愛し合っていたカップルなんだけど、ある日不慮の事故に巻き込まれちゃうの。
2人が目を醒めると、そこにはスナフキンがいて「やぁ」って声をかけてくれて。そこで女がスナフキンに恋をして、三角関係の恋が始まるの……。ふふふ。面白そうでしょう?
「私が愛読しているリンネルは、宝島社から販売されてる雑誌でして。宝島社の付録はね、本当に作りがしっかりしてるの!」
妄想に耽る私の隣で、付録の魅力を語り始めるネル子。彼女のハートに火がつくと、もう誰も止めることはできない。ああ、やれやれ。きっと1時間ほど、これから付録の話ばかりするんだろうなぁ。
「本当だ。ポーチの縫い目も丁寧だし、付録じゃないみたい」
「でしょ?宝島社の付録のクォリティが高すぎて、本当に凄いんだから。私のバッグ、ポーチも今は全部、宝島社が出版する雑誌の付録!!!!」
「私、今までずっと小物はフェイラーか、ハイブランドにこだわってきたけど。付録のポーチも悪くないかもね」
付録で盛り上がる私たちを見て、巣取先輩は「もうあなたたちったら……」と呟きながら、にこりと笑みを浮かべた。
【完】