[1分小説] 先着順
「 美代ちゃんのパパって、とっても優しいの。
いつも高い高いしてくれるんだよ。
あかり、美代ちゃんのパパとケッコンしたいなぁー」
当時4歳だった。
まだ覚えたての「ケッコン」という言葉を、たぶん私は「仲間になる」くらいの意味でしか捉えていなかったのだと思う。
私の母親は笑いながら言った。
「あーちゃん。美代ちゃんのパパには、美代ちゃんのママがいるじゃない。それは無理な話だわ」
「どうして?ダメなの?」
「結婚はね、一人としかできないのよ」
「ふぅ~ん…」
自分がしたいことが、とにもかくにもできないらしい。
まだ幼稚園にも入る前、世界は完全に自分を中心に回っている時期だった。
ケッコンなるもののルールも、「できないのよ」と言われたことも、ぼんやりとしか理解できなかった。
でも、その後に母親がこう言ったことだけは、
なぜだかよく覚えている。
「先着順なのよ。結婚なんてものは」
センチャクジュン。
その言葉の響きが面白くて、私はしばらくその言葉を繰り返していたように思う。
今思えば、母親はその「先着順」という言葉を、彼女自身に言ったのではないかと、20歳になった私は思うのだった。
*
「いいのぉ?奥さんのところに帰らなくて」
「そんな言い方すんなよ、あかり。帰ってほしいのか?」
俄かに彼の顔を覗き込み、静かに首を横に振る。
もう丸二日、ホテルに籠っていた。
今隣にいる 武内さんは、ときどき、ほんの少し会社に顔を出すだけでいい立場の男の人、だった。
時間があると、私を呼び、こうやって長い時間を一緒に過ごすのだった。
「でも、」私は寂しそうな顔をして言う。
「私はそろそろ大学の講義に出なくちゃ。昨日も丸々さぼっちゃったんだもん。単位取れなくなっちゃう」
彼の何か言いたげな表情を視界の隅に捉えつつ、
ひとしきり私の髪をなでる彼の手の熱を感じながら、
「先、シャワー浴びてくるね」
そう言い残して、やわらかに体を翻し、 手繰り寄せたシーツに身を包んでバスルームへ向かった。
先着順。
もし順番があるんだったら、出会った順番じゃなくて、愛される度合いの順番だよ、お母さん。
まとわりついた二日分の何かをリセットするように、勢いよく水しぶきを浴びながら、ふいに、そんなことを思うのだった。
《第8日目/100日チャレンジ》