遠い昔 ことばがなかったころの〈9〉
石さん、
葉っぱがたくさん
落ちました。
今日は、
秋が揺れていて、
ゆらゆら歩いて、
あの角曲がって、
石さんの所へ、
やって来ました。
途中、
少し立ち止まっているうちに、
ゆらゆら秋は揺れて、
冬の扉をもう、
開けていました。
石さん、
人をやっていると、時々
「あなたは何者ですか?」と
聞かれるので、
「何者です」と
答えなければならない、
というようなことになっているのです。
出身地、肩書き、職業、
年齢、女性か男性か…
「何者」という時に、
「わかりやすい答え」が
あった方が都合は良い…
ということのようです。
「あなたは何者ですか?」
「石です」
では、わたしも。
「人です」…
「ほお、なるほど。
そりゃ、なかなか興味深い。
人をやるというのは…」
なんて、もしも話が続いて、
盛り上がっていったとしたら、
奇跡的かもしれません。
夕べ、布団に入る時、
外は雨でした。
ざあざあと音がして。
怖くない雨が、
降っていました。
ざあざあ、ざあざあ。
横になって、
もう一度耳をすますと、
ざあざあ、ざあざあ、
ざあざあ、ざあざあ。
そうしたら、
ふいに、わたしが、
何者でもなくなりました。
ざあざあ、ざあざあ、
ざあざあ、ざあざあの中に、
ただ、ただ、
いました。
何者でもないこの感じは、
心地よくて、
なんとか引き止めようとしたけれど、
どんどん遠くに離れていって、
ほどなく人に戻りました。
人に戻ったら、
何者かでなければならない気が、
やっぱりして、
誰かに聞かれた時
「誰かの期待する答え」を言える…
そうでなければならない気がして…
人であること、
また、
頑張ります。
石さん、
ここへ来ると、
私が何者であっても、
何者でなくても、
どちらでも、
それはそれで良い、
そんな気持ちになります。
石さん、
夕べの雨…
石さんの聞いた、
雨の音の話。
聞かせてください。
きみが
犬か 猫か うさぎか 人か
ということより
もしも 今日
きみと一緒にごはんを食べられるなら
一緒にごはんを楽しく食べられる
ということが だいじで
もしも 今日
きみとお話しできるのなら
きみのいけんも わたしのいけんも
お互いにきいてみようじゃないか
ということが だいじで
もしも 今日
きみと会えるなら
まぁ きみ すてきなひげだね
あら きみ りっぱなみみだね
なんて 言い合ったりするのが
いいなぁと
おもうのです
もしも 今日
きみをおもえるなら
きみの今日が
いい一日でありますようにと
ねがいます
きみが
犬でも 猫でも うさぎでも 人でも
ねがいます
(2018年にかいた絵はがきと詩です)