右肩 久

こんにちは。短い詩や創作文を書いています。旧Twitter(現X)では書ききれない分量のものをこちらに書きます。よろしくお願いします。

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最近の記事

【詩】語り得ぬもの・親密なもの

水を舐めに来た 骨が尖っていた 火の色をしていた 体温はなかったが 薄水色の感情があって 体を回すのが上手だった 脊椎の数がよくわからなかった 骨と骨との距離が 僅かに甘美な匂いを放つ 昆虫のように薄く半透明の翅があったが 飛ばないので翅とはいえない 低温でよく溶けて 人の心に 染みつくこともあった 実在するには 時間が足らない

    • 【詩】だんだん変わるということ 〜S教授へ〜

      その間際が一番謎めいて心を惹いた 表情が消え言葉からもあらかたの個別性が消えた 散らばった言葉は掃き寄せられて唇を動かし 色形のない花になってぽつぽつと大気の階梯を登った 手はそういう手ではなくなり 足もそういう足ではなくなり 全身がものと入り混じるように認知の対象から外れた もうそれはそれではない これはこれではない 愛が、もう愛ではなく純度の高い水として とどめ難く流れ落ち始める すべての事物と区別のない光をまとい 目を閉じても消えず忘れても消えない 見えないし思い出すこ

      • 【詩】どんどん開いていく

        三角錐の底辺がどうしても三角形であることに 特に不満はなかったけれど 実際はどんどん定義が変わっていくので 今日のようによく晴れた春の日には もう上半身裸になって 人の群れの本来のあり方である 人口ピラミッドの底辺に降りていく 乳幼児の死亡率が高い野生のピラミッドは 底辺が四角じゃなくて三角なんだそうだ 冗談じゃないよね クフ王のはるか前から 建築物のピラミッドは四角錐なのにさ バベルの塔は円錐を目指していたし 東京スカイツリーに至っては 基礎が三角の三方から組み上がって

        • 【 詩 】人には使命がある

          人には使命があるという脅迫から逃れるために 僕は多くのものを失ったが 僕自身というものを失ってしまったことが最大の喪失だろう 使命を果たさずに済むのは 使命を果たすに値する資質に欠けるものだけだから 資質が後天的に得られるものではないとすれば 使命からちゃんと逃れようとするには 自分の根本的な無価値を認める、そのことに 人生のすべてを費やさなければならないはずで 実際に僕はそうして生きて来たのだった 世間に遠慮しながら淡々と暮らす 晴れた空を見る 雲を見る 雨を見る 風を聞

          【エッセイ】昭和の子

          「われは明治の兒ならずや。」 永井荷風の「震災」という有名な詩の一節です。 三ノ輪の浄閑寺というお寺でこの詩碑を見て初めて知りました。 この詩に倣えば、僕は昭和の子。 昭和三十六年生まれです。 昭和は戦前戦後で大きな断裂があるので、僕は「戦後」の子なのかな。‪とはいえ、同じ昭和ということで戦前とも「地続き感」があります。‬ ‪子供時代、まだ白装束で軍帽を被った傷痍軍人が神社の祭りの場などでアコーディオンを弾きながら物乞いをしていました。後から調べてみると、偽物も居たようですの

          【エッセイ】昭和の子

          【詩】雲の話

            一緒に雲を見よう   懐かしい不思議に   しばらく心を委ねよう   飛べなかった鳥の話をしよう   柔らかに凝結した微細な粒子の集まりが   すさまじい風にさらされる高空でしばらく形を保ち   懐かしいものの残像とぴたりと重なっている   雲の不思議   飛べなかった鳥が短い生涯の中で   見つめていたものの形   感情      たやすく動かなかったものが   いつのまにか消え去っているというのは   雲も心もまったく同じだと      僕はむかし   誰かにそんな

          【詩】雲の話

          【詩】「町」或いは「記憶の外の死者」

          病院の四階から南への眺望は海のはずだが さまざまな建物が密集し何も見えない 霞がかった空の下辺が、町の端を飲み込んでいく 大きなガラスの向こうで 仰向けの猫の腹のように 明るい春の情景がゆったりと動いている 建物の間を遠く新幹線が走り抜けるのが見える これは滅びの手前の景色だ 僕のこの、誰かを愛したくなるような 穏やかな充足も 死の手前の肥大して緩みきった幻であろう 今日は春分の日 不揃いな建物の間に顔を出す樹々は 枯れていたり芽吹いていたり新緑であったり もちろん古く暗い常

          【詩】「町」或いは「記憶の外の死者」

          【詩】転変

           思っていたのとは違い、居住環境はよかった。僕は六時半に起床し、食事とその他諸事を済ませてから家を出た。玄関を出ると家の壁は鉄柵に変わり、帰還という概念が蒸散して思想的白煙となった。これは繰り返される事物の社会的な転生である。毎回外出のたびに僕と、他の僕たちの関係は刷新された。肉体と肉体のまとう物理的、もしくは社会的環境は言語空間を彷徨う集団記憶の痕跡に過ぎない。そこに何の詩情があるというのか。  僕は詩人である。もっとも昨日は自意識を定義することに慣れない十六歳の女性であっ

          【詩】転変

          【詩】変わってく私を見ていて下さい

           私は、という語り始めからしてもう終わりの現象の一部なんですよ。そういうと自分のことをそうやってごまかさないで欲しい、といつも詰め寄られるんですが、こうやって体を捻りながらキスをして舌が絡めば、私は、そう今の現象の私は、きらきら流れるように欲情していて、肉体的でありながらただただ脱肉体的な興奮に走ってしまっている。こうやって空っぽに自分の中身を押し流すから私が私である理由なんてどうでもよくなって。生きるということは何かの理由が階層的な樹形構造をとることで成り立っているから、私

          【詩】変わってく私を見ていて下さい

          【詩の感想】『石川敬大詩集 ねむらないバスにゆられて』

           石川敬大さんから送って頂いた詩集『ねむらないバスにゆられて』を読み終わった。随分前に頂いておきながら、読む力が弱いのでゆっくり少しずつしか読めないでいた。  とはいえ、決して読みにくい詩集ではない。作者ご自身があとがきで述べておられるように、どこまでも「わかりやすく易しい言葉」で書かれている。  どの詩も一見既視感のある文脈から流れてくる。たとえば、「父がいた」という詩編では、「メガネを置いた夕ぐれの/座卓の前で/相撲をみていた/ほの暗い電灯の下で/母とならんでプロレスをみ

          【詩の感想】『石川敬大詩集 ねむらないバスにゆられて』

          【詩】なだらか

          温水器の電源は落としたし 総ての部屋の照明も消した 鍵もかけ忘れていないことを 僕は知っている 家を離れてよく知ったあの場所へ行く よく知った場所なので迷わない 何ひとつ考えないでたどり着けるはずだ 車にエンジンが掛かり順調に走り出す 今日の夕方には戻るはずの家が バックミラーに遠ざかり すぐに見えなくなる 僕は前方の交差点へ視線を向け直す それでも、つまりは なだらかに死への坂を滑り落ちていくのだ サイドブレーキもフットブレーキも利かない ギヤがどこにも入らない 順調に走

          【詩】なだらか

          【詩】ハリガネ

          ハリガネを曲げた人がいる。ハリガネを曲げてそれをハンガーという抽象的な概念に合致させようとした。だが、それは失敗に終わりハリガネのままのハリガネに僕は僕の白いワイシャツを掛けている。ボタンダウンの襟元から、かつて着られていた僕の肉体の痕跡を全て消し、ワイシャツはハリガネに絡んで裁断された布と、いくつかのボタンの組み合わせのままになる。乾いていく。僕はさっきからその有様を見ている。眼のついた造形物として僕は自分を何かの概念に合致させようと足掻いているが、ただかつてワイシャツに包

          【詩】ハリガネ

          【詩】経験

          夜の黒い雲の中に二人はいた 雲の上の空には満月があって それは僕らには見えなかったけれど 雲の中まで射し込む暗い光がわずかに 二人の繋ぐ黒い手の形を 互いにわかりあわせていた 黒い僕ら、暗い僕ら 鉛玉の言葉を世間に撒き散らし そこいら中を血の海にしてきた僕らが 星座になることもできず雲の中をさ迷っている 愛とかいうものがお互いにまったく別の意味になり この世の人の摂理からすらも外れているようだった 僕らは探さなければならない 地上で輝く何かわけのわからないものを わけのわから

          【詩】経験

          夜汽車 【随想】

           蒸気機関車がほぼ姿を消して、今「汽車」という言葉の使用頻度は少なくなった。だから当然「夜汽車」という言葉も正確ではなくなっている。「夜行電車」では何だかおかしいし、ディーゼル機関車だって今もある。実情に即せば「夜行列車」がそれにあたるのだろう。そもそも望めば飛行機や新幹線を使い列島を短時間で縦横に駆け抜けることができる時代に、夜を徹して旅客列車を走らせる経済的合理性はなくなっているはずだ。にもかかわらず夜汽車という言葉には抗しがたいロマンの甘い匂いがする。  僕は鉄道マニア

          夜汽車 【随想】

          「黴の楽園」

          黴の楽園に出かけた。黴。いくつもの色で視界は埋め尽くされてしまった。色ある黴の色なき胞子を吸込み、酔っ払ってさまよい、やがて新宿のネカフェに僕は泊まった、色とりどりの黴が放出した胞子たちを肺に詰めてだ。聴覚への想像力があるなら、君にも僕と一緒に浮遊する黴の歌、その歌のありさまを聴いていてほしいと思う 飛んでゆくものの質量は、つまり錯誤して生きるものの、衒いの程度で決まるようなんだ と高校時代の、死んだ友人がいう夢を見た。ネカフェのリクライニングチェアーの前に置かれたモニタ

          「黴の楽園」

          【詩】美しいということ

           私は単純であった。私は自分の動作を手と足を動かすものと、それに付随した各筋肉の緊張と弛緩として捉えていた。天象はめぐる。何も知らない者、私は日月の巡りを繰り返される現在としか捉えられなかった。天文の力学とも認識の精緻とも無縁なところで光を浴びて生き、体の経験は一行の言葉に言い換えられ、そのまま消えていくようだ。例えば私は「今日は寒いね」と恋人に言って、窓から差し入る冬至近くの乾いた陽光のベッドで性器を結合し、その経験はそのまま忘れ去られた。今そのことを記しているのも記憶なの

          【詩】美しいということ