犬の話だけど犬の話じゃない話
一度だけ、短い間だったけど犬を飼ったことがある。子犬の時もらってきて、子犬のまま手放したから、記憶の中は今でも子犬のままだ。
名前はポンゴ。
ディズニー映画「101匹わんちゃん」の主人公の名前そのまんま。犬種もダルメシアン(もどきの雑種)。ねだってねだってねだり倒して飼ってもらった。あれほど何かが欲しかったことはなかったし、これからもないのではないか。心が震えるくらい、欲しかった子犬だった。
ポンゴがはじめて家にやってきた日の翌朝のことを覚えている。夜が明けるよりも、家族が起き出すよりも早くベッドを抜け出した。私に気づいて、キュウンキュウンと迎えてくれたポンゴと裸足で狭い裏庭を走り回ったり、ボールを追いかけたり、柔らかなお腹をくすぐったり(ああ、子犬のお腹!)自分の朝ご飯を分けてあげたり。他愛ないそんなことポンゴと私、ただそこにいるだけで、楽しかった。あの裏庭は、Floriano peixoto numero 100, Santos, Brasil。
7歳のあの日、私はそんな朝に目を覚ましていた。
でもね
このごろ子犬がいないんだ。
朝目が覚めた時に、子犬がいないんだ。
こんな朝が来るなんて思いもしなかった。
こうして目を覚ましている私は私だし、
あの朝とこの朝はつながっているはずなのに、
子犬だけ見当たらないんだ、どこにも。
知っていたら教えて欲しい。
あの朝はどこに行ったのか。
記憶の中のあの子犬は、今でも子犬のままなのに
世界が始まったあの朝は、今どこなのか。