「保育園児が乗ってるあの車」はなんという?~小川洋子『そこに工場があるかぎり』レビュー
町工場が好きだ。町工場を書いた本も好き。小関智弘の本はほとんど読んだし、書店にいくたび「町工場モノ」がないかなぁと探している。
ある日、本書のタイトルが目に入った。「町工場の話に違いない」と勇んで手にとった。
『博士の愛した数式』の小川洋子が、工場を取材したノンフィクションを書いていたのか。子ども時代に向かいにあったのは鉄工所、小学校への通学路の途中にも工場がいくつもあり、「ありふれた日常の中に潜む、圧倒的な世界の秘密」だったという。その著者が6工場の取材ストーリーを展開している本なのだ。面白くないわけがない。
たとえば、東京スカイツリーのすぐ近くに存在する、リヤカーにも似た乗り物を作っている工場が語られている。保育士がよく押している、車輪付きの大きな箱。数人の子どもを移動させる、名前も知らない「あの乗り物」だ。町工場から送り出されているという。どのように作られているのだろう。
社長曰く、「複数の園児を移動させる車」については、元々二人乗りのベビーカーを考えていた。だが保育園の需要を聞きながら、4~6人が立って乗る形が少しずつできあがっていったのだという。
この車の製品名は「サンポカー」であることを本書で知った。そして、まさに試行錯誤を繰り返してサンポカーはできたのだ。完成品を日々送り出しながらも、日進月歩の技術を取り入れてマイナーチェンジを繰り返す。
サンポカーはどのように作られるのか。
第一工程は、長いパイプを必要な長さにカットする。
見るだけでも恐ろしそうな機械を使って、人間が確信を持って堂々とパイプを切断していく。
次は穴あけ工程だ。ここでもまた、機械と、人間がそれを使うさまが目の前に展開されていく。
続いて、パイプへのネジの取り付け、塩化ビニールシートの裁断、最後に縫製室でのミシンかけと、昔の家内工業を思わせる。人間がひたすらひとつの作業に没頭している様子が、「後ろ姿が毅然として実に清々しい」「指先はもちろん、足の先から目、耳、腕まで、全身が研ぎ澄まされている」「手は休みなく動き、しかも無駄がない」と描き出されている。
同社をひとことで言うと、「機械や道具と人とが一体となって、地道に働」いているのだ。
毎日8時間、集中して同一の作業をし続けるのは根気がいるはずだ。わたしにはできない。だがここで働く人たちは、それを続けているのだ。
本書では、同社の代表の言葉として3つ紹介されている。
働く人々がまさにこれを体現している。人の手の先に、パイプがあり、ビニールシートがあり、ネジがあり、ミシンがある。コツコツとした地道な作業が重なって、サンポカーが誕生していくのだ。
うちの近くに保育園がある。サンポカーを見るたび感じてきた、安心・安全のなかに楽しさを感じる理由が、本書で解き明かされた。