飯野謙次・宇都出雅巳『ミスしない大百科』~感想
「注意」のムダ使いをなくすのが第一歩
特定非営利活動法人「失敗学会」の副会長である飯野謙次と、記憶術の専門家である宇都出雅巳との共著である。飯野については単著で感想を書いた(下のリンク参照)ので、ここでは「宇都出パート」について述べてみる。
宇都出は、脳の「ワーキングメモリ(作業記憶)」の話から始めている。「ワーキングメモリ」とは、 何かの目的のために情報が一時的に記憶され、処理される領域である。
この「ワーキングメモリ」に様々なことを入れず、仕事そのものだけに解放してやるのが、ミスなくムダなく仕事をするコツだという。ここまでは最近、よく言われている。脳のワーキングメモリには限りがあるから、できるだけその負担を軽減するというのだ。
さらに宇都出は、「『注意』の限界が『ワーキングメモリ』の限界と述べている。
つまり、「注意のムダ遣い」をしないのがミスをしない最大の解決策である。本書で宇都出が述べているコンセプトはこれに尽きる。
「注意」のムダ遣いをなくす方法とは
具体的な解決策(例)は次のとおり。①はto do listを活用するなど、「注意しなければならないこと」を書き出して脳から離す(これが「脳のワーキングメモリを使わない」方法だ)、②はスマホをそばに置かない。③注意を払わず「自動運転」でできることを増やす。
校正者でなくても知っておきたい、校正のチェックポイント
宇都出は本書で、校正の基本の考え方についても触れている。校正・校閲者にとっては「いまさら」ではあるが、誰でも知っておいたほうがよいと思うのでここに引用する。
いわゆる「チェックリスト方式」で見直せということである。校正・校閲者なら誰でもやっているが、知っておけば誰でも役立つはずだ。
ミスをしやすい「魔の時」はある
宇都出は、「完了感」があるときに「注意」がその場から離れてしまい、ミスをしやすいと述べている。それは、「ほっとしたとき」である。
これは校正者の格言「ミスの隣にミスがある」に通じる。ひとつミスを拾うと、人間の心理として「安心」してしまう。その途端、隣にあるミスを見逃してしまうという現象だ。
わたしは「ダブル誤訳」と読んでいる。ひとつ誤訳を見つけてそれを治すと「拾えた~」と安心してしまい、同じ文に潜んでいる別の誤訳を見落としてしまう。
校閲者なら誰でも経験があるだろう。誤りをひとつ拾ったと安心したところで、よく見たらすぐそばに別のミスが隠れていたというものだ。こういうのがスルーされやすい。校閲者ならばとくに心しないといけない。
「注意のムダ使いをやめる」に集約される
宇都出は本書で「注意のムダ遣いをなくす」と十回以上も繰り返している。それだけ重要なことだといえる。
では「注意のムダ遣い」はどうすればなくせるのか? 言い換えれば、脳のワーキングメモリをどうやって解放すればよいのか?
やるべきこと、考えていることを脳からいったん離す。そのためには人に話を聞いてもらうのもよいと述べられているが、そうはいっても「話をする相手がいない」ことも多いだろう。
ならば、もうひとつの解決策として記されている「書き出す」ことをすればよい。これなら、今すぐに誰でもできる。
いま思っていること、考えていること、抱えていることをすべて書き出す。それから「何をどうやってやるか」を考えればよい。
「脳のワーキングメモリ解放」を毎日の習慣に
そんなことは知っている。でも実際にはできない、という人もいるだろう。また、悩んでいるときほど「書き出す」のは難しいものである。
これを解決する方法はひとつ。「習慣」にしてしまうのだ。1日の終わりか始めに、脳のワーキングメモリを解放する。言い換えれば「考えていること、やらなければいけないこと、不安なこと」をすべて書き出す。
こうすれば、脳はいつも「仕事そのもの」のことだけを考えればよい。だからミスはずっと少なくなると断言しよう。わたし自身がこれをやって「心の安定」を手に入れ、校閲者として必須である「この人はミスが少ない」という評価も手に入れたのだから。