教材翻訳という仕事(続き)
同業者は誰も読んでいなだろうが、自分のために書いておく。昨日の続きである。
教材翻訳が特徴的なのは、「それが公教育のために使われる」ことである。このため英文は(ネイティブも含み)厳重なチェックを経たものが活字になる。
従ってその翻訳も、ふつうの実務翻訳や出版翻訳とは異なる気の使い方が必要になる。
たとえばこういう短文がある。
I’m looking forward to seeing her tomorrow.
高校生向けで〈look forward to+動詞-ing〉が載っていない参考書はない。ポピュラーな表現である。
たいてい、toのあとには動詞の原形がくる(つまり、look forward toのtoはto不定詞である)と錯覚させて誤答を引き出し、生徒に正しい形を覚えさせようというのが出題側の意図である。
この英文を「彼女に明日会えるのを楽しみにしている」と訳してくる翻訳者は多い。産業(実務)でも出版でも問題ないだろう。だが教材翻訳のときは、わたしはこう直しを入れる。「彼女と明日会うのを楽しみにしている」
「会える」を「会う」に変えただけである。
昔の自分がそうだったからわかるのだが、「英文のどこにも『可能』のニュアンスがないじゃないか」と思う子がいるに違いないから。
英語ができる生徒は気にしないが、できない子ほど一文字にこだわって先に進めなかったりする。ならば、訳文に「迷いの要素」を可能な限り減らすのが、わたしら教材屋の使命だと思うのだ。
別の例として、こういうのもある。
There are a lot of feelings about the situation.
「その状況について多くの考え方がある」。ふつうの訳文である。わたしがチェック、校閲を担当した場合、この訳文ならスルー(ママイキ)とする。
が、教材翻訳ならば「その状況について多くの感じ方がある」とする。学習者用の辞書にfeelingの訳語として「考え」が載っていないのだから、その語は使わない。
そのマイルールに基づいてわたしはやっていく。新規取引先へも、この考え方であると打ち出して営業していくつもりだ。